教養としての短歌

仕事柄言葉を扱うことが多い。

芸能の分野では台本といわれるものが存在していて、それを読み解き表現へと昇華させる。普通に生活していたらまずないような作業だと思う。言わずもがなその作業は困難で、そこと格闘するのが仕事と言っても差し支えない。一流の人は読解力が優れていて、凡人には理解できない読み解きをして、想像もできない表現方法で届けることができる。自分もそうでありたいと思うが、一筋縄にいかないのが現実。

とはいえ、芸能にしろその他の仕事にしろ言葉を扱わずして生きられる人はいないだろう。営業の人でもプログラマーの人でもその仕事に応じた言葉を使い分けながら生きている。

決して優秀な生徒ではなかったが、僕は大学で理数系であったがため、ある程度論理的なまとめ方はできると思う。証明するにしても順番通り見た人がわかるように説明しなければならない。

とある会社でアルバイトしていて企画書を作ったり、企業とやりとりするときは特にミスリードがあってはならない。人によって受け取り方が違う言葉を使ってしまってはきっと仕事にはならないだろう。そんな言葉を使っていたらまず上司に怒られる。僕は怒られるのは嫌いだから、特に気をつけていた。

僕は言葉の狭間で迷っていた。

いい言葉とは文章とはなんだろうと彷徨っていた。その場に応じて変化させなければいけないことに気づくのにもかなり時間がかかってしまったように思う。

仕事人としての言葉、アーティストとしての言葉、近いようでそこに大きな隔たりがあった。

そのことを教えてくれた一つにこの本があった。

短歌など作ったこともなかったし、ちゃんと見たこともなかったが、言葉といえば短歌、俳句だろうという安易な気持ちで買った。

この本は短歌の実例を通して、短歌としての言葉の使い方を教えてくれる。僕に「生きる」「生きのびる」の考えをくれたのもこの本だ。

短歌としていい言葉はコミュニケーションをもたらしてくれる。

①「空き巣でも入ったのかと思うほどわたしの部屋はそういう状態」(原文)
②「空き巣でも入ったのかと思うほどわたしの部屋は散らかっている」(改悪例)

本の中で実例として使われているもの。(短歌を横文字で書くことに抵抗があるがご了承いただきたい)

上のものが原文で下が改悪例。

どちらがわかりやすいのかで言ったら完全の②の方。「散らかっている」と書かれればほぼ全員が理解できる。会社や学校で教わるとしたから絶対こっちの方。「そういう状態」なんて書いたら即怒られるだろう。当然人同士が正しくコミュニケーションを取るためにはこの方がいいし、そうでなければ話が前に進まないだろう。

一方「そういう状態」といわれたら一瞬どんな状態?となる。それでもすぐに、あ、散らかっている状態かとすぐに理解できる。この一瞬頭の中に巡るのコミュニケーションにつながる。どんな風につながっているんだろう、服が床に落ちているのかな、窓とか少し汚れていそうだな、そんな風に思いを巡らせる。僕の感覚だとアーティスティックな表現だなとか思ってしまう。かくいうわたしの部屋もそれに近い状態になりかけている。

本の中で触れられている、「生きる」「生きのびる」の考え方もこの例だけで少し感じ取ることができる。

僕なりの解釈だが、

「生きのびる」ためには散らかっていると書いた方が絶対にいい。生きるには正確に意図を伝えて、情報を交換しなければいけない。社会の枠組みのはまるために僕たちが教わってきたこと。印象としては、「正しい」「堅い」。

「生きる」にはそういう状態と書くほうがいい。「生きる」こと定義することは難しいが、それは無駄なことだったり、バカして笑ったり、一見無意味なコミュニケーションだったりする。でも、結局僕たちの記憶の残っているものってそういうものだと思う。突発的に遠出してみたり、傘をささずに歩いたり、朝から仕事なのに徹夜で麻雀してみたり。社会的な枠組みで考えればNGなこと。

僕が好きな人は「生きる」人。この人おもしろいとか、話してみたいと思ったことがある人はそういう人たちだった。

こうしてこの文章を書いている横では感染症の現状やアレが正しかった間違っているなど、いろんな大人が話している。完全に「生きのびる」言葉。当たり前に必要で、生きのびなければ生きることもできない。それでも察しの通り、人の我慢が限界を迎えつつある。「生きる」ことができなくなっている。

芸能やエンタメとして必要な要素は「生きる」ことだとこの本から学ぶことができた。短歌を作らなくても、それを学ぶだけでも十分価値のあることだと思う。

僕はなるべく「生きる」言葉を作っていきたいと思う。

本の中では、さらに多くの短歌例を通して「生きる」「生きのびる」についてや、言葉の面白さをもっと深く解説してくれている。

やってみるとこれがなかなか難しいが、考えてみると面白いのでぜひ一読していただけると嬉しい。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?