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第3ターミナルにて

週末は千葉の実家に帰省しておりました。

わたしはそもそも飛行機が苦手。
本当は新幹線で帰省したかったけど、LCCのコスパに負けたのでした。

成田空港が実家に一番近い空港である者にとって、週末のLCCは高速バスより安く帰省できる手段です。(※LCCは格安航空会社、FSCは国内線だとJALとかANAのことです。)

地方空港を出発するときはひとつしかないターミナルを使うので、LCCもFSCもそんなに違いを感じませんが、衝撃を受けるのは、成田空港に着いたときです。

第3ターミナルというところを利用することになるのですが、そこは第1や第2とは違う異質な空間です。剥き出しの配管、工事中さながらのフェンスのような壁、徹底的に無駄を省いた殺伐とした光景がそこにあります。

恐らく経済的に余裕のある人は成田空港の第3ターミナルを見たことがないし、もしその光景を見たら、大半の人が使いたくないと思うのではないかと思います。

或いは、徹底的に無駄を省いた合理的なデザインを好意的に捉える人も案外いるのかもしれません。


わたしは、というと「ああ、徹底的に無駄を省くということは、こういうことなんだな。」という乾いた感想のみがそこにあります。

豊かさからすっかり遠のいた、令和の日本そのものであるように感じるのです。


「あんなのは貧民が使うものだよ」

と、SNS上でドヤ顔で語る人の呟きを遡り、どれだけ豊かな生活をしているかと思いきや、お金はあっても食生活や精神性や生活そのものは、残念ながら貧相というしかないものであったりして、さらに殺伐とした気分になるのでした。


わたしは、確かに成田空港の第3ターミナルには殺伐としたものを感じるのだけど、LCCそのものは案外気に入っています。

定刻どおりに飛ばない悪天候でも酷く揺れたことがありませんし、離陸も着陸も必要以上にGを感じず、いつもスムーズです。(この辺はサンプル数が少ないのでたまたま運が良かった可能性が高いけど。)

過剰な機内サービスは短い国内移動には必要ないと感じるし、それよりも乗客の安全に主眼をおいた客室乗務員のシンプルな仕事内容に安堵すら覚えるのです。

狭さは、これはもう仕方ないですよね。少しだけ追加料金を払って、通路側の席を予約するようにしています。数百円で、両脇を人に挟まれる席に座ったときの窮屈さはだいぶ軽減されます。

費用対効果を考えると、それなりに満足できます。1回帰省するお金で2回帰省できますからね。何だかんだ云っても有難いです。

本当にいつも満席で、ふと不安になるくらい。FSCの座席はちゃんと埋まってるのかなって。


それはさておき


成田空港の第3ターミナル、あれはきっと新自由主義がもたらす格差社会の象徴です。

だからこの先、ありとあらゆる分野で第3ターミナル的なものが出現するのだと思います。

好むと好まざるとにかかわらず、わたしたちは少しずつこうしたものを受け入れていくことになるのだろうと思うと、少々寒々しいような気分になります。
けれど、それがこの国のリアルなのかもしれません。

何かを得るために、何かを失ったのでしょうか。それとも得ていたと思っていたものはそもそも幻想だったのでしょうか。


成田空港第3ターミナルには、今日も沢山の人で溢れています。

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