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綺麗なものしか信じなかった頃の私へ

あなたはまだ二十代。
世界の上澄みをすくい取ったようにただただ綺麗なものが好きでしたね。

他人の心の中のドロドロしたものや、自分の中の見たくない不都合な感情は全部トリミングして、美しい世界だけを綴る文章や短歌を作ったり、綺麗で気持ちの良い作品だけを選んで鑑賞したりしています。

素晴らしい作品が世の中に沢山あるのに、悲しい作品は共感しすぎて辛いからと、手に取ることもできずにいます。
或いは、悲しみが込められた作品なのに、その悲しみをスルーして勝手に解釈を捻じ曲げることさえありました。その若さ故の浅慮をいつか恥じ入る日が来ます。

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たぶん、信じてもらえないことですが、
十数年後の3月11日に日本には未曾有の災害が起こります。あなたは四十代前半でした。

自分の見ていた綺麗な世界が偽物だったことを認めざるを得なくなります。

ずっと綺麗なものばかり見て、
都合の悪いものを見ようともしないで、
他人事だと思ってたから
あの事故は起こったのだ。

あなたはそんな風に思い、それまでの人生を悔やむのです。

その後、あなたの本棚には今まで集めた美しい本の代わりに、環境や公害に関するもの、社会問題に関するもの、国内外のルポ、など殺伐としたもが並びます。数年間は小説を楽しむこともできなくなります。

短歌については、被爆者の方、公害被害者の方、辛い過去のある方の歌集ばかりになります。
楽しむのではなく、何があったのか教えを請うために、です。

壮絶な歌を沢山知ってしまうと、自分の人生がどうにも薄っぺらくて、すっかり歌は詠めなくなります。
そのことについては特に悲しいとも思いませんが。

ただ、

もしできることなら、もっと早く知りたかったことが沢山あります。

それは巧妙に隠されたものではなく、あなたが見る気にさえなれば、ちゃんと見えたものなのです。

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四十代ももう終盤の自分から、突然そんな手紙を受け取ったら、あなたは信じたでしょうか。

綺麗なものだけを信じている、まだ二十代の私へ

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