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紫がたり 令和源氏物語 第三十九話 末摘花(四)

 末摘花(四)

明け方になり、故常陸宮の邸を後にした源氏の君は、牛車に揺られながら考え込んでおりました。
それは昨夜の姫の様子についてです。
世慣れない感じで殿御を知らない姫であったので、最初はこのようなのは仕方がないと思っていたものの、何やら他の女人たちとは違うような・・・。
ほの暗い中で見た姫の姿も痩せ細り、感触もゴツゴツと、何とも表現しづらいと有様でした。
源氏は「ううむ」と呻いて、なかなか思うような姫はいないものだなぁ、と溜息をつきました。

大輔命婦は引っ込み思案の世慣れない深窓の姫君に突然降りかかった出来事を不憫に思いました。
源氏のけしからぬ振る舞いで姫が傷つかれたのではないか、お慰めせねば、と姫のお側近くに控えておりました。
そうして次第に辺りが明るくなり、命婦はこの時初めて姫の姿を目の当たりにしたのです。
率直な感想は、お気の毒なことですが、その不器量さに言葉を失いました。
これは源氏の君に恨まれるかもしれない、と思いもしたでしょう。
それにしても不思議なのは姫が源氏と契りを交わしても女人としてなんら花が開いたような印象を感じなかったことです。
普通の娘ならば心も豊かにいろいろと物思うことがあるでしょうが、姫はただいつものように過ごしておられて、愛する歓びを知ったとか、逆に衝撃を受けているようだとか、そういった変化がまるで見られないのです。
どうにも感情の乏しい有様に今までおとなしそうに見えていたのは単に女人として磨かれていないだけのことであったか、と源氏に申し訳なく思うのでした。


その日は朱雀院の行幸の日の楽人や舞人が決定される日でしたので、源氏の君は内裏で忙しくしておりました。
姫君に後朝(きぬぎぬ)の文でもと思っていたものの、気が進まないこともあってとうとう夕方になってしまいました。
後朝の文というものは、早ければ早いほど姫への気持ちが大きいと考えられておりましたもので、文が遅いことに常陸宮邸の女房達はやきもきしておりました。
しかし当の姫君は何も感じておられないようで、命婦はやはりこの姫は情趣を解されない方なのだわ、とまた源氏の君を気の毒に思うばかりです。
源氏の文にはこうありました。

 夕霧のはるる気色もまだ見ぬに
    いぶせさ添ふる宵の雨かな
(夕方の霧が晴れないので、私の気持ちは鬱々としています。それにもまして今宵の雨が二人の仲を裂こうとは、私の辛い気持ちをわかっていただけますね)

今晩は訪れのないことを知った女房達はがっかりしましたが、早くお返事をと急かすもので、姫はしぶしぶ古びた紫の紙にしたためました。

 はれぬ夜の月待つ里を思いやれ
     同じ心にながめせずとも
(心もとなく月<=あなた>を待つ私の心を思いやってください。私と同じほどに恋しいと思わなくとも)

この手紙を見た源氏は改めてがっかりしました。
手跡は男文字のようにいかっていて、上下きっちりと測ったように揃えてあるのも面白くなく、どうしたらこんな灰汁が浮いたような古い紙を見つけてこられるのだろうと呆れるばかりです。
その辺に打ち捨てて、やってしまったという後悔の念ばかりが込み上げてくるのですが、一度契りを交わしたからには末永く面倒を見ていこうと気を取り直した源氏の君なのでした。

次のお話はこちら・・・


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