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紫がたり 令和源氏物語 第四百二十二話 夕霧(二十五)

 夕霧(二十五)
 
夕霧が迎えに来ても何ら状況が改善することなく、孫まで連れて行かれたのを致仕太政大臣は面白く思いませんでした。
これもすべて女二の宮の身持ちの悪さが招いたことと逆恨みする始末なのです。
年をとってさらに気の短くなった大臣は宮へ手紙をしたためました。
そして遣いとして柏木の弟である蔵人の少将を一条邸へ向かわせたのです。
蔵人の少将はなかなかの美男子で最近人気上昇中の公達ですが、心裡では密かに女二の宮に慕情を抱いているのです。
柏木が存命中には頻繁に一条邸を訪れたものですが、未亡人となった宮の頑なさに兄の左大弁の君が冷たくあしらわれたもので、感情を表にすることはなく静観していたのでした。
新たな主人を得た一条邸は柏木がいた頃のように、否それ以上に華やいでいるように少将には思われました。
それがやはり少将には不愉快に感じられます。
この懐かしい君の参上には女房たちも複雑な顔をしておりました。
歓待して良いのやら、通りいっぺんの応対で涼しい顔をするべきやら、昔なじみとして親しみたいものの、宮によからぬ思いを抱く大臣の遣いなので気が張るというものでしょう。
しかし、美少年はにこやかに笑んで気軽に声をかけました。
「みなさん、お久しぶりでございます。亡き兄・柏木に代わって私どもが宮をこまやかにお世話するべきでしたが、悲しみにくれているうちに無沙汰をしてしまって申し訳ない」
「お見舞いくださってありがとうございます。先日の御息所の法要にも大臣さまには格別の御心つけをいただきまして」
蔵人の少将は新しい夕霧という後ろ盾ができたことに含むところもありますが、このように身分ある古い女房に重々しく応対されるとそうそう厳しいことは言えないものです。
女二の宮は致仕太政大臣のお文を恐る恐る開きました。
 
契りあれや君を心にとどめおきて
    あはれと思ふうらめしと聞く
(私は御身を柏木の妻であったと懐かしく思うのですが、夕霧とのことで娘の雲居雁が傷ついていると思うと不憫で恨めしくも感じられる。複雑な心境なのですよ)
 
宮は、ああ、やはり、と具合が悪くなるようで臥してしまわれる。
「わたくしにはお返事を書けそうにありません」
手紙を読んだ女房たちは、こうしたものほど宮みずからの手でなければさらに大臣の機嫌を損ねられるだろうと懸念しました。
「宮さま、そうおっしゃらないでください。この御手紙は代筆ではまずいですわ」
宮はこんな辛い状況になり、もしも御息所が存命ならば毅然と庇ってくださったであろうに、と感じるも詮無きことながらまた涙があふれてこぼれ落ちる。
涙に文字が滲むのをそのままに手紙をしたためられました。
 
なに故か世に数ならぬ身ひとつを
     憂しとも思ひ悲しとも聞く
(物の数にも入らぬつまらないこの身を恨めしいと思召すのはどうした理由からでございましょうか)
 
蔵人の少将は歓談しながら、女房たちの肩肘張ったところが取れてきた頃合いに人の良さそうな笑みを浮かべて言いました。
「これからもたびたびこちらに参上させていただきましょう。柏木、夕霧の大将と、忠勤に励めば私の番がやってくるかもしれませんからね」
などと、不意にあてこすりを言うもので、女房たちは絶句してしまいました。
雲居雁は実家に戻ってしまったというし、これが大臣家の総意なのであろう。
宮はただただ辛く、この手紙を読んだ夕霧も宮さまを恨まれるとはお門違いであると大臣の仕打ちを大人げないと感じました。

それにしてもこうした面倒事がついて回る恋愛に人はどうして踏み込んでしまうものなのでしょう。
夕霧は今回のことですっかり疲弊してしまいました。
やはり自分に色事は向いていない、そうして深い溜息を漏らしたのでした。

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