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紫がたり 令和源氏物語 第三話 桐壺(三)

 桐壺(三)

桐壺帝は日々若宮の成長を見守りつつ、月日を重ねても亡き御息所を忘れることができないご様子でした。
女御や更衣達の元へのお渡りもありません。
弘徽殿女御は目障りな更衣が消えて帝の寵愛を取り戻せると思われていたようですが、思惑が外れたので、
「死んだ後まで憎々しい存在だこと」
などと、恨みはさらに募るようです。
ここのところ弘徽殿女御は毎日管弦の宴などを開かれております。
女御はご自分の憂さを晴らしながら、管弦の遊びを喜ばれる帝をお慰めしようという御心もあったようですが、その振る舞いが桐壺一人いなくなったことが何ほどのものでもない、というように思われて、帝はそれを厭わしく思召されました。
矜持が高く、気持ちをあからさまにするのもはしたないとされる、やんごとなきご身分というものは、何ともままならぬ窮屈さでしょうか。

後宮への御渡りもめっきり減られた帝のお力落としに側近達は頭を悩ませております。美女と評判の高い姫を後宮へお誘いしたりなどするのですが、帝ご自身が乗り気ではありません。そんな時に靫負命婦(ゆげいのみょうぶ)という内侍典侍(ないしのすけ=内裏にお仕えする女官)が先帝の四の宮がとても美しく、亡き御息所に面差しが似ていると進言しました。

四の宮の母でいらっしゃる先皇后は、
「帝の寵愛深かった桐壺御息所は弘徽殿女御に虐め殺されたというではありませんか。そのような所に姫を差し上げるわけにはまいりません」
そう姫の入内を強く拒まれました。
しかしながら病が進んでそのままお亡くなりになってしまわれたので、状況は一変します。
父と母を亡くし、心細い身の上になられた四の宮は兄君の兵部卿宮の薦めもあり、入内する決意を固められました。
何より桐壺帝からお悔やみの文を戴いて、その心遣いの優しさに動かされたのです。
帝は父ともなってあなたをお世話しようという、広く温かい御志を姫宮に示されたのでした。
そして藤の花がしっとりと匂う宵に四の宮は仰々しくなさらずに後宮へとお越しになりました。

あの人の代わりなどいないのだが・・・、と裡では思っていらした帝ですが、側近達の気遣いをありがたく感じます。
そして宮をご覧になった帝は少し明るい顔を取り戻されました。
こよなく愛した亡き人の面影を持った美しい少女は、物腰も上品で振る舞いがかの御息所を思わせる可憐さです。

十四歳の瑞々しい少女は“藤壺の宮”と呼ばれ、九歳になった光る君との運命的な出会いを果たします。

帝は相変わらずどこに行くにも光る君を連れ歩いておられましたので、藤壺の宮が内裏に慣れた頃に君と引き合わせました。
「あなたはこの若宮の亡き母に不思議と面差しが似ていてね。母という感じではないですが、姉のようなつもりで仲良くしてあげてください」
帝がそのように気安く仰るので、宮は優しく微笑まれました。
「噂通りの本当に光るように美しい君ですわね。どうぞよろしくお願いいたします」
そのお声は鈴を転がしたように心地よく、やんわりと笑む姿があまりにも上品で光る君は顔を赤らめました。そっと父帝の袖の陰から恥ずかしそうに顔を覗かせる姿はなんとも愛らしいものです。母を知らぬ君は、亡き母もこのように美しい人であったのかと、宮が懐かしく思われてなりません。
それからは紅葉の美しい時にはその枝を添えて文を交わし、これはと趣ある花があれば宮にお届けし、宮が喜ばれるのを自分のことのように嬉しく感じました。
そのように仲睦まじく姉弟のように親しげな様子をご覧になると、帝はいつでも目を細められます。
比類なき「光る君」とそれに並んで「輝く日の宮」。
帝の御寵愛深いお二人で藤壺はいつでも光に満ち溢れていると仰せになるのでした。

帝が以前のように明るい笑顔を取り戻されたのはめでたいことではありますが、華やかに寵愛を受けてときめかれる藤壺の宮を弘徽殿女御が快く思われているはずがありません。
藤壺の宮は皇女であらせられるので身分も高く、桐壺御息所の時とは違い軽んじることはできませんが、光る君が宮に懐かれるのも憎々しく思う女御なのでした。

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