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紫がたり 令和源氏物語 第三百六話 藤裏葉(十一)

 藤裏葉(十一)
 
十月の二十日過ぎに冷泉帝が六条院に行幸されることが決まりました。
晩秋の頃ですので紅葉を愛でる宴を、という御所望です。
六条院の紅葉は赤々と眩しく、錦のように庭を彩っております。
それだけでも見応えのあるものですが、朱雀院も六条院にお越しになるということですので、源氏は特別な趣向などを考え巡らせておりました。
 
当日の巳の刻(午前十時頃)には主上がお渡りになるということでしたので、源氏は馬場殿へ案内差し上げました。
馬寮の名馬を従えた左右近衛府の者たちがまさに人馬一対となって見事な技を披露していきます。
普段なかなか見ることの出来ない様子を帝はたいそう喜ばれ、朱雀院も昔の御父君・桐壷帝の御代の宴が華々しかったことなどを思い返しておられました。
馬場殿から南の本殿(春の御殿)に移動する際には渡殿に鮮やかな錦を敷きつめ、見苦しいことのないよう軟障(ぜんじょう=幕)を引きめぐらした念の入りようです。
道すがらの池には鵜飼の名匠が控えておりました。
鵜が池に放たれると小さな鮒などをついばんで巧みに鵜を操る様子が面白いものです。
源氏はこの趣向を見せるためだけに鵜飼を召したのでした。
 
季節は“秋”。
そうなるとこの六条院では中宮のお庭の紅葉がもっとも美しいので、春の庭と秋の庭の隔てである壁もすべて打ち壊して、絶景が見渡せるようにしてありした。
ゆるゆると移動される御一行は道々に仕掛けられた細工を堪能して春の庭に到着しました。
すでに帝に差し上げるお料理は整っており、季節の魚や鷹匠によって献上された野鳥などが色鮮やかに盛り付けられております。
冷泉帝と朱雀院の座が上座に備えてあり、一段遜ったところに源氏の座がしつらえてあるのを見た主上は同じ座に就くようにと改めさせたりなどして、立派なご様子です。
楽の音が響くとみずらに結った童殿上たちの軽やかな踊りから宴は始まりました。
なかでも十歳になる太政大臣の八番目の御子息は、祝言「賀皇恩」を見事に舞いこなし、さすが名手の御子であると冷泉帝の御衣を賜りました。父の太政大臣が返礼として拝舞する姿はかつてのままに華やかであります。
御酒を嗜みながら、唄う者、楽を奏でる者、舞を舞うものなど、近頃では珍しいほどの大宴会に、源氏は太政大臣と目を合わせ、かつて共に青海波を舞ったあの紅葉の賀を思い返しておりました。
 
源氏:色まさるまがきの菊もをりをりに
        袖うちかけし秋を戀ふらし
(秋の色香を増した間垣の菊もその昔袖をうちかけたあの秋を恋しく思っているであろう。太政大臣よ、私たちが舞ったあの秋の賀を思い出しませんか?)
 
「六条院よ。私も同じことを思い出していたのだ。若かった頃の楽しい思い出にはいつもあなたと一緒であった」
「あなたに院などと呼ばれると何やらくすぐったいな。今まで通り、源氏と気軽に呼んでくださいよ」
太政大臣は昔と変わらぬ人懐こい笑みを浮かべて源氏に杯を差し出します。
「お互い舅同士ですしね」
「そうそう。これで孫でも生れたらもうお爺ですよ」
「なに、源氏よ。まだまだお若いですぞ。しかし、院という重いご身分も相応しくあるのは、そうそう、あなたは昔から不思議な人だった」
杯を干した太政大臣は詠みました。
 
太政大臣:紫の雲にまがえる菊の花
       にごりなき世の星かとぞ見る
(紫雲と見間違うほどに尊い菊の花のようなあなた=准太政天皇はこの平和で聖なる御世の星でありますよ)
 
「御身が青海波を舞ったあの宴を思い出しますなぁ」
朱雀院は感慨深く仰るも、ご自分の御代にはなぜこのような晴れがましい催しがなかったのか、とあの暗澹たる在位を苦々しく思召されました。
帝と夕霧の中納言、そして源氏が並ぶとお三方ともよく似ておられ気品があり、太政大臣も源氏に親しげに声をかける様が清々しいものです。
こんな様子をご覧になるにつけても朱雀院の目には眩しく、祝福された一門が羨ましく、ご自身だけが場違いであるように思われるのがなんとも寂しく感じられるのでした。

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