紫がたり 令和源氏物語 第二百十八話 玉鬘(十一)
玉鬘(十一)
源氏は姫君を六条院に移そうと思うものの、どこに住まわせるかで思案しておりました。
紫の上と自分がいるこの春の御殿は場所もありませんが、来客も多く、女房たちが絶えず行き来しているので落ち着かないでしょう。
何より若い貴公子なども源氏のご機嫌伺いにやってくるもので、うっかり姫を垣間見られでもすれば大変なことになります。
閑静なという点では中宮のお住まいになる秋の御殿がうってつけですが、姫が中宮付きの女房と間違われるのも具合の悪いものです。
少し寂しい感じはありますが、花散里の夏の御殿には書庫として使っている対があるのでそちらに移らせようと決めました。
花散里の君には夕霧同様に姫の養育もお任せしようと考えたのです。
源氏は行方知れずになっていた姫を見つけ出したので、と花散里の君に後見をお願いしました。
「まぁ、そのような姫がいらしたのですね。おめでたいことですわ。勿論ようございますとも。夕霧の君は自立した若君なのでたいしたお世話をすることもなく寂しく思っていたところですのよ」
花散里の君は持ち前の鷹揚さで快く引き受けてくれました。
やはり天が引き合わせた縁なのでしょうか、姫の為の女房や女童なども探すのも大変そうだと思っていたものが、不思議とちょうどよい者たちが集まってくるのです。
そうして冬になる前にはすべての準備が整い、姫は六条院に迎えられたのでした。
乳母や豊後介、兵部の君、三條の君などは分不相応なほどの立派な装束を贈られ、それを身に着けて源氏が迎えによこした牛車に乗り込みました。
九条のあたりの生活感漂うありきたりな風景が遠ざかり、垣根や塀で趣深く美しく区画された貴族達の住む町に進んでいくのです。
それまではうろつけば追い出されていたやんごとない邸の群れを抜けて、さらに広大で瀟洒な邸が連なる区画に入っていきます。
豊後介はこれほど裕福な貴族の暮らしぶりを知らなかったもので、圧倒されて自分たちはどこに行こうとしているのかと物怖じしました。
「右近の君。源氏の大臣というのはこのような立派なお邸に住まわれているのですか?」
「おほほ。ここはもう大臣のお邸の内ですのよ」
「ここは大きな路ではありませんか」
「このずっと見えている広大なお邸こそ源氏の大臣の住まいでいらっしゃいます。四町にもわたる広大なお邸が六条院なのですわ」
姫君と一同はその強大な権勢に言葉を失いました。
三條の君などは筑紫の大弐の威勢がよかったことを羨ましく、姫にもそんな幸運をと神仏にお願いしておりましたが、これはその程度のレベルではありません。
敷地内に入ると舟を何艘も浮かべられるほどの池があり、光る玉石が敷き詰められております。
一同はあまりの場違いな立場に腰を抜かすほどなのでした。
姫の為に用意された対も広々として、調度品も贅沢なものがしつらえてあります。
それまでは狭い二間の一室を姫君用に、後は皆で肩を寄せ合って暮らしていたものですが、それぞれに十分な広さの部屋があてがわれておりました。
豊後介は筑紫を出奔したことで無位無官となっていたので、姫君付きの家司(執事のようなもの)に任命されました。
その禄は豊後介を拝命した時よりもずっと高いのです。
改めて天下人の威勢を目の当たりにして広い部屋に身の置き所も無く、姫の御座所に寄り集まり、身を固くする一同なのです。
それは現代でいえば立派なダイニングスペースがあるのに、ちゃぶ台を囲んでみなで集まって縮こまっている感覚に近いでしょうか。
後の話ですが、豊後介は源氏の大臣に召し抱えられたことで、これより後はあの田舎者の大夫監など何ほどのものでもなく、邸内では『筑紫の大夫』という新しい親し名が与えられました。もちろん残してきた筑紫の妻と子もこちらの邸に迎えたのは言わずと知れたことでしょう。
そして乳母の割かれた姉妹も文を交わして互いの無事を確認しあいました。
妹の兵部の夫も大夫監の手前、妻の身を案じて、嘆き、身を慎んでおりましたが、事の次第がわかると一息ついたようです。
近々密かに妻の元に上洛すると打診があり、それまでには考えもつかなかった幸運が訪れることとなったのでした。
次のお話はこちら・・・
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