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紫がたり 令和源氏物語 第三百三十九話 若菜・下(五)

 若菜・下(五)
 
今回の縁組が失敗であったというのは真木柱の姫君が結婚して数週間後に流れてきた噂によって髭黒の左大将は知りました。
兵部卿宮は新婚の三日間は熱心に通われましたが、それから一日空いて通い、また一日空いて、次には二日空き・・・、といった具合に徐々に足が遠のいておられるようです。
熱心に大事な婿君としてもてなしていた式部卿宮は兵部卿宮の仕打ちが恨めしくて仕方がありません。
 
兵部卿宮は思ったような結婚ではなかったことを悔いておりました。
真木柱の姫が気に入らないというわけではありませんでしたが、亡くした北の方に似た女人であれば嬉しいという期待があったので、がっかりしてしまったのです。
亡くなった北の方というのは、穏やかで優しい微笑みを湛える女人でした。
右大臣の姫で権勢を誇る一族でしたので教養もあり、何より趣味が合ったのです。
真木柱の姫は若く兵部卿宮からすれば孫のような年齢です。
静かな美しい姫でしたが、有体に言えばジェネレーションギャップといいましょうか、話が合い辛いのです。
それだけならば姫を可愛く思うばかりで通うのも楽しみなのですが、舅ともなる姫の祖父・式部卿宮が顔を合わせる度に髭黒の左大将に対する恨みつらみを述べて、いつでも必ず最後には押しつけがましく、
「かわいそうな姫をどうか幸せにしてやってください」
そう結ぶので、どうにも重く負担に感じるようになったのです。
まさに老害。
兵部卿宮は新妻を得て若々しい気分であるのに、何やら年寄り臭さがしみつくようで、どうにもこの邸の居心地がよろしくないのです。
だんだん真木柱の姫が控えめに笑うのもどこか寂しげに見えて、こうした環境であるから幸薄い感じが沁みついている、と姫に会う楽しみも損なわれていくのでした。
 
真木柱の姫君には兵部卿宮の気持ちがよくわかります。
姫でさえこの邸から逃れたいと思っているのに、婿である君がとても居心地が良いとは考えられないからです。
所詮これが自分の運命であるかと夫を恨む気にもなりません。
こうした事情は夫婦の間で了承済みでも、世間一般では兵部卿宮が浮気っぽい軽い御仁であるからと見られてしまうものなのです。まったくどちらにとってもこの結婚は良いものではありませんでした。
 
真木柱の姫君の辛い境遇を聞いた玉鬘は自分がそうした運命を辿っていたのかもしれぬ、そう思うと背筋が冷たくなるのでした。源氏の元にいた時に実弟でありながら兵部卿宮を婿と定めなかったのはこうした心配があったからであろうか、と思い起こされます。
あの時は源氏が玉鬘に懸想していたので、どこにも縁付かせるつもりがないからだと考えていたものが、実際冷淡に扱われる真木柱の姫君を目の当りにすると、本当に源氏は自分の結婚のことを真剣に考えられていたのかもしれない、と感じる玉鬘です。
しかし兵部卿宮がどうしてもそんな薄情な人とは思えなかったので、真木柱の姫の弟にあたる子供たちには宮を義理の兄君として慕うようにと言い含めました。
若くかわいい義弟たちに慕われると、見捨てておけぬお人よしなところがある宮なので、そちらの関係は至って良好に保たれております。
 
そうしてやはり時折式部卿宮の気の強い北の方が、
「親王に嫁がせるのは只一人の妻を可愛がってくださるというのが取り柄だと聞きましたが、生活もカツカツで浮気性ではやってられませんわね」
などと相変わらずの辛辣な皮肉を言うもので、なんとこれが式部卿宮の北の方であるというのもあさましい、と兵部卿宮は感じられるのです。
なるほど紫の上が以前女房達の悪口を嗜めたように、不浄は不浄を呼んで品性が損なわれるというのはこういうことなのでしょう。
兵部卿宮は世の噂に煩わされて鬱々と塞ぎこむ日も増えたようで、つくづく結婚というものに嫌気がさしておられるようでした。

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