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紫がたり 令和源氏物語 第三百二十八話 若菜・上(二十二)

 若菜・上(二十二)
 
年が改まり、いよいよ明石女御の産み月が近づいているようで、お腹はもう大きくて、難儀そうにしておられます。
源氏がお産間近にした女君を目の当りにしたのは葵の上だけでしたので、娘の苦しげな姿を見ると恐ろしい記憶が甦り、どうにも落ち着いてはいられません。
紫の上に子ができないことを残念に思ったことは多々ありますが、このような思いをさせなくてよかったという気持ちもあるのです。
しかし姫の体は小さくて出産に耐えられるのかと不安で日夜僧侶たちに加持祈祷を行わせ、陰陽師を召しては占ってもらったりしているのです。
二月になると出産の気配がみられるので、正殿では具合が悪いと明石の上の冬の御殿へと移されました。

平安時代では女性の出産というのは穢れとされておりましたので、宮中に仕える者であれば実家へ宿下がりをし、このように邸内にあっては障りのない所にて行われたものなのです。
明石の上が宮中に上がってしまってからは、冬の御殿には母の尼君が起居していたわけですが、もうかなりお年を召していらっしゃり、娘の明石の上がいなくなったことから老いが進んで呆けたように暮らしておられました。
しかしそれでも血が引きあうのか、女御が冬の御殿に来られると懐かしむように昔を思い出されたようです。
ある時女御がうたた寝しているとその側に尼君がやってきて微笑みながら御顔を覗き込んでおりました。
女御は人の気配に驚いて目を覚まされましたが、尼君は
「ちぃ姫が戻られた。なんと立派になられてうれしいこと」
そうして涙をすうっと流したのです。
「あなたはどなたですか?」
「はい、姫の婆でございますとも。姫は明石の浦でお生まれになったのですよ」
そうしてまた涙を流すのでした。
女御は“ちぃ姫”と呼ばれたのが懐かしく、この方が祖母であると自然に理解しました。
「わたくしのお祖母さまなのですね」
「はい。源氏の君と母上のことなどお話しいたしましょうか・・・」
尼君は源氏が明石を流離った折のことから、別離し、上洛したこと、今も祖父の入道が明石にあることなどをとつとつと語りました。
それまで女御はご自分の出自を知らされてなかったもので、たいそう驚かれました。
紫の上が養母であり、明石の御方と呼ばれている人こそ実の母であるというのはうすうす気付いておりましたが、ご自身も遠く離れた鄙びた田舎で誕生したことを初めて知ったのです。
女御は源氏の姫としての今の晴れやかな身分を当然のように享受してこられましたが、それは御子として愛情を注いでくれた紫の上や姫の妨げにならぬようにと身を持している明石の祖父あってのものであったか、といささか驕っていたことを反省されました。
そうして物思いに沈んでいられるところへ明石の上が来られ、尼君が側で涙ぐんでいるのを見てはっとしました。
もしや女御に出生のことなど話したのではなかろうか。
「年寄りがいらぬことを申し上げたでしょうか。何しろ呆けているものでお気になさらないでくださいまし」
そう明石の上は老女を咎めましたが、年寄りは何事も大目に見てもらえるものですよ、と尼君は悪びれた風でもありません。
 
尼君:老の波かひある浦に立ち出でて
    しほたるるあまを誰かとがめむ
(このように孫の晴れがましい姿を目の当たりにして老いた甲斐もあると思っている尼の私をいったい誰が咎められるというのでしょう)
 
女御:しほたるるあまを波路のしるべにて
         尋ねも見ばや浜の苫屋を
(泣いていらっしゃる尼君のあなたと共に明石の浦にあるわたくしが生まれたという家を訪ねてみたいものです)
 
明石の上:世を捨てて明石の浦にすむ人も
         心の闇ははるけしもせじ
(明石に一人残られた、世を捨てて煩悩を断ち切った父入道も孫であるあなたを思う心の闇ばかりは振り払えないでいるでしょう)
 
「わたくしは母になろうというこの時にお話しを伺いましてよかったと思っております。お祖母さまが元気でいらしてくれたことも嬉しくて」
「恐れ多いですわ、女御さま」
生みの母である明石の上がそう遜るのも、娘としては心苦しいばかり。
「お母さま、今はそのようにお呼びにならないでくださいまし」
「姫・・・」
そうして三人は家族として手を取り合い、さめざめと涙を流したのでした。

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