見出し画像

紫がたり 令和源氏物語 第三十八話 末摘花(三)

 末摘花(三)

源氏は大輔命婦に姫と話しだけでもさせてくれ、とそれとない折に邸を訪れる旨を伝えました。
命婦は姫もこのままでは邸と共に朽ち果てるのみ、お話ししてみれば、気が変わるかもしれないと考えました。

そしてとある月待ちの宵に姫が亡き父宮を慕って心細く泣いておられる姿を見て、こんな心持ちの時ほど頼りになる殿御の存在をありがたく感じるに違いないと思い、源氏の君に文を出しました。
そうして忍んでやってきた源氏の君に邸中は大騒ぎになりました。
この邸に仕える女房は年老いている者が多く、気の利いた対応を出来る者がいないのです。
源氏の訪れを聞いた命婦は、これはこれは・・・、などとわざとらしく驚いて、そのままお返しするのは失礼ですよ、と姫に助言しました。
「まぁ、お話を聞くだけなら・・・」
姫も渋々承諾し、御簾越しにも几帳を隔てて、というかなり厳戒な態勢での対面ということになりました。
姫の身支度を整える間も、この姫は当代一の殿方との対面に心躍ることはないのだろうかと不審に思うほどで、何だか普通の女人とは違うようだ、と命婦は不安になりました。
一方2、3人いる若い女房はそわそわと落ち着きなく、まさか源氏の君の目にとまろうなどと考えているのではあるまいに、念入りに居住まいを正しているのが滑稽なほどです。

御座所に通された源氏の君は身のこなしもすっきりとして気品があり、(姫を慮って)華美を抑えた直衣もさりげなく着こなしていらっしゃる。
噂通りの男ぶりに控えている若い女房は溜息をつきました。
「この間から文を差し上げておりました者でございます」
そう挨拶して微笑む様子も屈託なく魅力的です。
源氏は御簾の向こうの几帳の奥に静かに座す姫の存在を感じ、仄かに漂うえび香(=常陸宮秘伝の香)の薫りが奥ゆかしく思われて、やはり思った通りの姫であるよ、と頷きました。
源氏の君はかねてから慕い続けていることなどを優しく切々と語りましたが、文の返事さえもくれない姫君です。
みじろぎせずに言葉も発しない様子に源氏は首を傾げます。
相槌はおろか一言も発しないのは一体どういうわけなのであろうか?
それは訝しく思われるばかり。
「私は何度あなたの無言の静寂(しじま)に打ちのめされたことでしょう。いっそはっきり拒絶してくだされば、もう言い寄ることも致しますまい。そのお返事さえもいただけないのですか」
源氏は嘆息しました。
するとさすがにこれでは、と思った若い侍従という女房が、姫が答えたように返しました。

 鐘つきてとぢめむことはさすがにて
    答へま憂きぞ かつはあやなき
(鐘を打つようにはっきり交際を拒むというのもできず、それでいてお返事できない私自身の心が私にもわかりません)

なんともぼんやりとしてよくわからない歌ですが、姫が返事をしてくれたと思うと喜びを隠せない君なのです。
「おお、やっとお声を聞かせてくださいましたね」
源氏はまたいろいろなことを話しかけましたが、やはりあれから何も言わない姫に焦れて、とうとう隔てを除けて姫の御座所に入ってしまいました。
ほんの一瞬のことで、命婦は「あっ」と驚き、女房達も狼狽して、みなするりと御座所からすべり出てしまいました。

次のお話はこちら・・・


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?