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紫がたり 令和源氏物語 第三十七話 末摘花(二)

 末摘花(二)

源氏が故常陸宮の邸を後にしようとすると、何者かが馬で後を追ってくるようなので、源氏は車を物陰に寄せさせました。
なんと正体は粗末な狩衣を纏って変装しているらしい頭中将ではありませんか。
中将はかねてから浮気性なところを源氏に窘められていたので、君の忍び歩きの現場を抑えてやろうと内裏から尾行して来たのでした。
しかし源氏は姫の部屋ではなく女房の局に入っていったので、趣ある琴の音を聞きながら待ち伏せをしていたというわけです。
「驚いたな君は、尾行けてきたのかい?」
源氏の君の問いかけに
「私をまこうというのは無理ですよ。諦めて私を忍び歩きのお供に加えるんですね。きっとうまく差配して役に立ってみせますとも」
などと、愛嬌たっぷりに胸を張るもので、源氏も思わず吹き出してしまいました。他に行こうかとも思っていたのですが、二人で女との約束を反故にして仲良く左大臣邸に向かいました。
さきほどまでの見事な十六夜の月はすでに雲に隠れて、このような晩こそ楽の音が響き渡るものだ、そう意気投合して笛を吹きあいながらの風流な道行きとなりました。

左大臣邸につくと、妙なる調べを聞きつけた左大臣が高麗笛などを携えてやって来て、琴のうまい女房達と管弦の遊びに興じました。
笛を吹く間にも源氏も頭中将も先ほどの故常陸宮の姫の琴を思い出し、あのように荒れた邸に可愛い姫君が住んでいるとしたら、そんな恋も悪くはない、と考えているのでした。


次の日さっそく源氏は十六夜の姫に文をしたためました。珍しい薄手の異国の紙に香も爽やか、若い姫君が夢見るような、一風変わった趣向です。
ところがその日の夕暮れにも、次の日にも、数日経っても返事は来ません。
この時代、相手にその気がないのであれば、やんわりと断りの歌を返したりするものですが、ナシのつぶてという姫の態度は恋愛のルールを著しく無視したものです。
しびれを切らした源氏は大輔命婦(たいふのみょうぶ)に詰め寄りました。
「一体返事もよこさないとはどんな姫なのだね?」
「それはもう恥ずかしがりやのお姫さまで、殿方とのお付き合いもなすったことのない御方ですし。まわりの女房達も古式な方々ばかりなもので」
命婦は返答に困りました。
如何に初心な姫君とは言っても、世の習いというものもご存じないものか。
十六夜の姫にもう手紙を送るのをやめてしまおうかと思う度に、夕顔のようであったら、という迷いに苛まれる源氏の君なのです。
そうこうしているうちに季節は巡り、半年も経とうかという頃のこと。
頭中将が内裏の源氏の宿直(とのい)部屋(=桐壺)にやって来ました。
「源氏の君。いつそやの十六夜の晩の姫に文をやったんですが、返事もこないんですよ。変でしょう?あなたは返事をもらいましたか?」
「さてなぁ、私は別に返事をもらいたくて手紙を書いているわけではありませんからねぇ」
中将は源氏の曖昧で思わせぶりな口ぶりから、姫君は源氏にはいい顔をしているのかもしれない、と悔しく地団駄を踏みました。
源氏は内心やはり中将も姫に言い寄っていたのだな、油断のならない男だなぁ、と警戒しました。
すでに興冷めして、どうでもよいように感じ始めていた姫君でしたが、頭中将の登場で俄然恋心が再燃したのは男性特有のライバル心からでしょうか。
中将はまめなところもあるので、そちらに靡いては癪に障るというものです。

源氏はその後もまめやかに文を出しましたが、相変わらず故常陸宮の姫はなんの返事もよこしません。
姫の周りの女房たちは世に名だたる当代一の貴公子・光る君が文を送ってきたことに大喜びして、なんとか姫に返事を書くよう勧めますが、奥手なお姫さまはおろおろと動揺するばかりで手紙を見ようともしないのでした。

次のお話はこちら・・・


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