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紫がたり 令和源氏物語 第四百四十六話 幻(十五)

 幻(十五)
 
源氏の手元にはもう紫の上の手紙しか残っておりません。
しかしこれを焼く時は紫の上との別れであるという思いが強いせいでしょうか。
源氏はこの書簡の束をなかなか開けずにいるのでした。
それよりはまず他にするべきことがあろうよ、と理由をつけて先延ばしにしたところでいつかはこの手紙を手放さねばならないのですが、今日ではない、と日々己を騙し続けているのです。
財産のあらかたは惟光のおかげでそれに相応しいよう分配し、紫の上へと思っていた分などは上の菩提寺にすべて寄進しました。
女君たちが残った人生を過ごしてゆくには充分なものは与えました。
明石の上には中宮がおられますし、花散里の姫には夕霧がついていてくれるので、源氏が出家しても支えとなってくれるでしょう。
六条院は花散里の姫が住んでおられるので、夕霧に譲ることにしました。
そしてこの二条院にはすでに三の宮(後の匂宮)という小さな主人がいるのでそれでよかろうと考えております。
 
そして源氏は手回りのものでも特に蒔絵など美しく施してあるものを選りすぐって側近くに仕えてくれる女房たちにそれぞれ分け与えました。
その中でも紫の上に仕えてくれていた者には上が生前愛用していたものを与えたのです。
「これは上の愛用されていた櫛ではありませんか。わたくしどもにはもったいのうございますわ」
中将の君は美しい顔を曇らせました。
「上を慕ってくれたあなたがたに持っていてもらいたいのだ。そして時には上を思い出してあげておくれ」
源氏の温かい言葉に女房たちは声をあげて泣きました。
はっきりとは言いませんが、とうとう源氏が世を捨てられるのだとみなには察せられたからです。
源氏は嘆く女房たちひとりひとり声をかけ、紫の上と自分によく仕えてくれた、と労いの言葉を掛けたのでした。

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