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紫がたり 令和源氏物語 第百四十四話 蓬生(二)

 蓬生(二)

末摘花の姫の生活は、それはそれは困窮を極めておりましたが、この姫は以前生活に困っていた時も、源氏にお世話をされてよい暮らしに恵まれた折にも、何も変わらぬ心持で過ごしていられたので、またあの頃に戻ったに過ぎない、と質素に暮らしておられます。そもそも多くを望まない人であったのでしょう。
世間との交わりもない姫にとって、たまにふらりと訪れてくれるのが、姫の兄・禅師の君ですが、この兄も姫と性質が似通っているのか、浮世離れしたところが多分にあります。
お山を下りて立ち寄っては、
「元気か?変わりはないか?」
と尋ね、姫が、
「何も変わりございません」
と素っ気なく答えると、
「じゃあ、また」
とこちらも素っ気なく草を踏み分けて帰っていくのです。
せめてこの伸びきって、人の通う道さえ掻き消す草をどうにかしてやろうという気遣いもなく、ただ姫が生きているのを確認してお山に戻って行くような情趣の無さです。
ちょうど源氏が通い始めた頃の姫がそうであったように、ましてや出家されている身であるので庭の草木もあるがままに、人の有様もあるがままにというお考えなのかもしれません。ともかく姫が生活に困っていてもそのことにも気づかないというのが本当のところでしょうか。

食べるものにも事欠く現状を打開すべく、侍従の君は他の邸に勤めに出ることにしました。生活の豊かなお邸に勤めれば、姫の為に食料を分けてもらうこともできるでしょうし、どこからか姫への良縁が舞い込むかもしれないからです。
さて、姫には肉親と呼べる親戚は僧になった兄君の他に今一人、母の妹であった叔母がおりました。
この叔母は受領の妻になったのですが、夫は羽振りもよく、多くの娘に恵まれて、北の方としてしっかりと地位を築いて安泰な暮らしをしております。
一の姫はすでに結婚しておりましたが、まだまだ手のかかる姫を三人も養育しているもので、貴族の邸に仕えた経験のあるほどよい女房を探しておりました。
侍従の君は知らぬ所よりは、とこのお邸に勤めに出ることに決めました。
侍従の君はなかなかよく気の利く女房なので、叔母はとても喜びましたが、姫の生活を侍従から聞くと、その暮らしぶりを見てやろうという意地の悪い気持ちが頭をもちあげてきて、ある時ふいに姫の元を訪れました。

この人はやんごとない生まれでありますが、やはり最終的に頼りになるところは経済力という考えの持ち主で、自ら中流に身を落とした人です。
思えば元々の品性がそうした階級には合っていたのでしょうか。
姫の母は昔からこの妹とは気が合わなくて、しまいには成り上がりの受領を夫としたことからなんとなく疎遠になっていたのでした。
それもひとつの女性の生き方なのですが、幼い頃から貴族の姫たる矜持を持てと教育されてきた姫の母には妹の考えは理解ができず、姉妹であるのについぞ消息し合うこともなく身罷ってしまわれたのでした。
別に自分が親王の北の方になったからといって鼻にかけるような人ではありませんでしたが、妹の方は僻み根性の強い性質だったので、自分が見下されているような劣等感を持ち続けてきたのです。
それが立場が逆転とばかりに、姫がどのように困窮して暮らしているのか見てやろうとやって来たのでした。

次のお話はこちら・・・

前回『中秋の名月』と共に『十三夜』のお話をしましたね。
今宵が噂の『十三夜』。

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月を眺めてみてはいかがでしょう。

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