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令和源氏物語 宇治の恋華 第五十話

 第五十話 恋車(十二)
 
宇治の大君の嘆きを知らず、薫もどうしたものかと悩んでおりました。
あの時愛を告げたのは時期尚早であったかという思いも頭を過ぎりますが、これまで通りでは何も進むべくもなく、いずれはこういう状態に陥っていたと思われるのです。
それにしても大君は少なからず薫に好意を寄せてくれていたものだと踏んだのが、どうにもきまりの悪い結果となってしまいました。
 
もしや大君には他に心を寄せる殿方がいらっしゃるのか?
 
そうした疑念さえ頭を持ち上げてくるのです。
部屋にばかり籠っていると考えなくても良い余計なことまで思い浮かぶもので、薫は匂宮のおられる二条院へと出向きました。
 
 
季節は春。
二条院の紫の上の桜は今を盛りと咲き誇っておりました。
枝ぶりが見事で散りゆく桜びらのあでやかなこと。
「なんとも美しい情景であるな」
庭先でうっとりと見惚れていると匂宮がやってきました。
「おばあさまの桜が今年も美事に咲いたであろう」
「うむ。あまりにも美しくて嫌なことも忘れてしまいそうだ」
「なんだ悩みごとか?」
「まぁ、生きていればいろいろとあるものさ」
薫はいくら親しい匂宮であってもけして心の裡を明かすことはありませんでした。
ましてや宮に一歩先んじていると思われている宇治の姫君たちのことで悩んでいるとは男としての意地もあり、知られたくはないのです。
「そうそう。宇治の橋姫にな、手紙を贈ったのだよ。もう一年になろうというのになかなか靡かぬなぁ」
「どんな返事をもらったのかね?」
「ぴしり、とやられたよ。だが、これはこれでなかなか楽しいものだ」
匂宮が心底楽しげな笑みを見せるので、薫は妬ましくなりました。
「なんだい、君。この間までは私に恨み節をたれていたではないか。どうした心境の変化かね?」
「うん、なんだろうなぁ。つれなくされても憎めないのよ。可愛らしくてな。言い返してくるようなところも顔にぱらぱらと小雨が当たるようで心地よい」
「驚いたな。君からそんな言葉を聞くなんて」
「まぁ、あれだ。時間をかけるほどにモノにした時の喜びが増すであろうよ」
「なんとも風流なことで」
二人は顔を見あわせて笑い合いましたが、薫には余裕のある匂宮が羨ましく思われました。
そのように考えることができればどれほど平穏でいられることか、今の自分はくすぶり続けるだけでどうにも情けない、とまた自己嫌悪に陥るのでした。

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