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令和源氏物語 宇治の恋華 第百六十三話

第百六十三話 浮舟(二十七)
 
浮舟は薫君と匂宮、どちらを愛しているのか己の心がわかりません。
それゆえにそれぞれに送る手紙には真摯に向き合い、思うままを素直にしたためているのです。
 
 つれづれと身を知る雨のをやまねば
      袖さへいとどみかさまさりて
(御身が間遠であるので独りがちになると物思いに沈んでしまいそうです。その涙が宇治川に注いで水を増すのも辛いのです)
 
この歌は薫が訪れないことで匂宮へ流される自分を留めてほしく詠んだものか、ただ間遠なのを恨んでいるものか。

薫は自分を恋しがる浮舟の手紙に申し訳なさで胸が締め付けられ、もうこれ以上浮舟を日陰の身としておくのは忍びなく、正妻・女二の宮に事情を話して正式な夫人として認めようと決意しました。
 
女二の宮との間はすこぶる良好といってよいでしょう。
薫は女二の宮を敬い、三条院にある時は共に過ごすよう心掛けておりましたので、穏やかな夫婦らしい空気が形作られるようになっておりました。
女二の宮は鷹揚で、姫宮らしくおっとりとおおらかなのが好もしい人であります。
他の女人の話を聞くのを何と思われるかと懸念は拭い去れませんが、この人ならば受け入れて下さるという信頼があるのです。
薫は慎重に切り出しました。
「実は今までお話しすることもないと放っておいたことがございまして」
「なんでございましょう」
「世間では私のことを朴念仁のようにあげつらっておりますが、こんな私にも長く続く女人がおります。御身を賜る幸運を引き当てたあまりに打ち捨てておいたせいか、どうにも明け暮れ塞ぎがちに過ごしているようでございます。このままでは不憫で京に迎えようと思いまして。あなたはご不快に思われるでしょうか」
「まぁ、わたくしの悋気を気遣っておっしゃってくださいますのね。わたくしは妬ましいなどとは思いませんわ。そのような方がいらっしゃるのであればもっと早く打ち明けてくださればよかったですのに」
打ち捨ててなどと言っても姫宮には薫君がそのような人柄ではないことをよくわかっておられます。自分を慮って世に波立たぬようその女人を隠してきたのだとさえ好もしく思われるのです。
「どうかその御方が心安く暮らせますよう取り計らって差し上げてくださいませ」
薫は心からの感謝の笑みを浮かべました。
「あなたはそう言ってくださると信じておりました。ですが、世間というものは人を貶めるのに容赦がありません。もしもこのことをお主上に悪意をもって吹聴するような輩がおれば姫宮の名誉が傷つくということまで考えが及ばぬものです。私はあなたが傷つけられるのではないかとそればかりが心配だったのです」
「大丈夫ですわ、薫さま。わたくしたちの間に何か変わろうはずもありませんでしょう」
「ああ、私ほどの幸せ者がおりましょうか」
薫はこの心優しい姫宮にはいつでも癒されるように感じます。
浮舟とのことは別にしても、やはり縁あってこの人とも夫婦になったのだ、と思わずにはいられないのでした。


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