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紫がたり 令和源氏物語 第三百三十八話 若菜・下(四)

 若菜・下(四)
 
真木柱の姫君はたいそう美しく成長しておりました。
そして父は次代の重鎮・髭黒左大将で祖父が式部卿宮であるとなると、世の男たちの憧れも焚きつけられて縁談の話はひっきりなしに舞い込むようになりました。
式部卿宮は内心当代一にして唯一の独身である柏木右衛門督が結婚を申し込んでくれればよいのだが、と期待していたのですが、当人は猫に夢中で結婚にはまったく興味が無いらしいという噂が聞こえてくるばかり。宮の方から結婚を持ちかけるのも謙ったようで、もしも縁組が成立せずに世に漏れ聞こえてしまったら、こちらも恥ずかしく真木柱の姫の評判も落ちてしまうことでしょう。
さて、どうしたものか、と思案しているところなのです。
 
平安時代の身分高い貴族の結婚というものは家柄の釣り合いや両家の勢力など色々と考えるとなかなか難しいものでした。
文をいただいた殿方の人柄はもちろんのこと、評判や素行、親戚に厄介な者はいないか、朝廷ではどのような派閥に属しているかなど、家人や下人を使ってあらゆる情報を集めさせて選別しなくてはならないのです。
式部卿宮は楽や芸術面での造詣は深い御方でしたが、皇族でいらっしゃるので政事に参加された経験もありません。友人も皇族ばかりで、実際に婿選びとなると、こうした方面の才覚はあまりお持ちではないようでした。そしてお気の毒なことにかなりお年を召していらっしゃいます。
髭黒左大将には、心配ご無用と申し出を断ったものの、次第に婿選びに疲れてきた、というのが本当のところなのです。
そんな折に兵部卿宮から結婚の申し入れがありました。
玉鬘姫に執心していた螢宮です。
「立派な御方だ、お断りすることもない。入内するのでなければ親王に嫁がせるというのは定石ではないか」
式部卿宮の北の方も同じように些かくたびれていたところでしたので、
「そうですわねぇ。亡くされた北の方を大事にされていらしたということですし、やはり女人は一人の男性に末永く愛されるのが幸せではないでしょうか」
そう同意したのです。
 
面喰らったのは兵部卿宮の方でした。
兵部卿宮は玉鬘を得られず、女三の宮のご降嫁も源氏に持っていかれ、近頃厭世的に過ごしていらっしゃいました。
世間でのご自分の評価が低いことに拗ねておられたのかもしれません。
今回の縁談のこともあまり本気ではなく、噂の高い姫であるから申し込んでみよう、というほどの気楽なもので、あっさりと許されたのが拍子抜けしたというか、駆け引きなどもなかったのを物足りなく感じられました。
まだ真木柱の姫とは文のやりとりもしていなかったので、恋愛期間がない内に許されてしまったという具合でしょうか。
玉鬘姫のように手紙をもらっても女房の代返ばかりで、たまに直筆のものなどもらえるとそれだけで天にも昇るほどにうれしく感じたものでした。
そうして何か月も姫を想いながら暮らす幸福感などが今回の場合では欠如しているのです。
やはり風流男といわれる宮だけあって、情趣を大切にされるのでしょう。
 
髭黒の左大将は以前玉鬘をめぐって競ったライバルが娘婿になろうというのを黙ってはいられませんでした。
しかし式部卿宮の元へ反対の旨を訴えようにもまたいつものように門前払いです。
左大将は筋金入りの武官なので兵部卿宮の伊達男ぶりが馴染まないということもありましたが、邸内やあちこちに愛人を作っているという噂を耳にして気に食わないのです。
到底姫の結婚相手として相応しいとは承諾できないのですが、式部卿宮は着々と婚姻の準備を進めているようです。
左大将は縁組の取りやめを懇願した手紙を送り続けましたが、それは悉く無視されて、いよいよ結婚という運びとなりました。
玉鬘は嘆く夫を可哀そうに思って傍らで慰めます。
「あなた、もしかしたら姫が幸せになれるかもしれませんわ。そう悲観なさらないで。こればかりは結婚してみないとわかりませんもの。わたくしたちだってそうだったでしょう?」
「あの浮気な宮が姫の心を傷つけたらどうしたらよいのだ。心配でしょうがないよ」
玉鬘は口を噤みましたが、左大将の取り越し苦労であってほしい、姫には心から幸せになってほしい、と願わずにはいられませんでした。

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