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紫がたり 令和源氏物語 第二百七十六話 真木柱(七)

 真木柱(七)
 
髭黒の右大将は久方ぶりに自邸に戻ると、邸の修復がどの程度まで進んでいるのかを確認しました。
北の方に物の怪がとりついてからは邸が荒れるままに任せていたもので、修繕にはかなりの時間がかかるようです。
下男たちを集めると邸中を掃き清めるよう指示を出しました。
「子供たちはどこにおるのだ?」
右大将は密かに愛人にしていた中将の君という女房に尋ねました。
「庭先で遊んでいるのを先程見かけましたが。それよりも北の方さまのお父上、式部卿宮さまが近々北の方さまをお迎えにこられるということですわ。よろしいのですか?」
「なんと浅薄な」
右大将はそのまま北の方の元へ向かいました。
もしも北の方が実家に帰るようなことになれば右大将は情けない男と世間から笑いものにされるでしょう。身分高い人が妻を何人も持つことは当たり前のこのご時世に妻の一人も説き伏せられずに実家に引き取られるのは、折り合いをつける手腕を疑われるからです。ましてや近衛府の武官である右大将がそのように言われれば沽券に関わるというものです。
その日の北の方は穏やかな顔をしており、どうやら物の怪はなりを潜めているようでした。
「あなた、お帰りなさいませ」
静かに低頭する姿はしおらしく、昔からの仲なので、ふと愛情が甦ってくる右大将です。
「あなたのお父上が御身を実家に迎えとろうとしているそうな。軽率なことだとは思われませんか?世間からは物笑いの種になりましょう。宮さまは私を懲らしめるおつもりでそのように仰っているだけなのかな?」
右大将の式部卿宮を嘲るような口ぶりが北の方には残酷に聞こえます。
たとえ一夫多妻が認められているとはいえ、女人の身にしてみればそれは辛いこと、右大将は人の心を思い遣るところが欠けているような御仁なので、うまくとりなすということができないのです。ましてや親のことまで悪く言われてはさすがの北の方も堪えられません。
「わたくしのことを悪しく仰るのはお世話になっております身ですから仕方なきこと。しかし父上のことを悪く言うのはおやめください」
そうして背を向ける痩せ細った体は哀れに見えます。
「いやいや、そういうつもりで言ったのではありません。あなたとはこれからもここで仲良く暮らしたいと思っているのです。六条院というところは大層立派で気が張るのですよ。玉鬘姫をこちらに引き取って気楽に過ごしたいというのが本音で、何もあなたを追い出したいというわけではないのです」
右大将としては本当に実家に帰られるようなことになれば、源氏や紫の上に顔向けできなくなるので必死です。
「父宮はわたくしを不憫と配慮してくださっているのです。それにしても紫の上もわたくしとは姉妹ですのに、継母ぶってあなたを玉鬘姫の婿にするなんて残酷ですわね」
「そのようなことは言いますな。源氏の大臣の御耳に入ったら大変なことになります。いいですか、紫の上さまは源氏の大臣の御娘のように大切にされている御方ゆえ、そうした下世話なことには関わり合わないのです。ましてや姫に婿を世話して母親顔するなどと、あなたこそ御妹を悪しく仰るな」
とまぁ、こんな調子で右大将は一日中こまごまと北の方を説得しようと心を砕いているのでした。

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