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紫がたり 令和源氏物語 第六十八話 葵(十一)

 葵(十一) 

源氏の君はせめて四十九日が済むまでは、と左大臣邸を離れることはありませんでした。
このまま仏門に帰依したいなどと思われることもありましたが、夕霧と二条邸の紫の君のことを考えるとそういうわけにもいかないもので、物憂げに沈んでいると、そんな時には必ず三位の中将が部屋を訪れてくれるのです。
「あなたと葵がそんなに仲睦まじいという感じではなかったので、正直このように悲しまれるのがありがたいですよ」
「葵とはお互いに意地を張りあってばかりでした。もっと早くに向き合っておれば、普通のように仲睦まじくすごせたのかもしれません。それを思うと惜しくて、悔やまれるばかりです」
そういって、うつむく源氏の姿はやはり美しく、妹はさぞかし心を残したことであろう、と中将は密かに残念に思いました。
そして努めて明るく昔の楽しかった恋のことや、例の源典侍の元での一件などを思い出しながら、親友として互いを慰め合ったのです。

四十九日を一つの節目として、源氏は数々の温かい言葉をいただいた方達を訪問しました。
そして左大臣や大君、女房達にもこれまでと変わらずにお付き合いいたしましょうと固く約束し、左大臣邸を後にしました。


二条邸に戻ってみると、紫の君はすっかり乙女らしく源氏を迎えました。
「長く留守にして悪かったね」
「いいえ、お兄さま。この度はお悔やみを申し上げます」
そうして落ち着いて挨拶する様子がすっかり大人びているので、やはりこの姫を置いて出家などは無理であるな、と痛感するのです。
二条邸に戻っても源氏は外出する気も起きず、女君達はさぞ恨めしく思っていることだろう、と気に懸るものの、やはり足が向かないのです。
それよりも目下源氏には新たな悩みが生じているのでした。
紫の君は匂うばかりに美しく成長しました。
時折はにかむ笑顔も可愛らしく、そろそろ正式に結婚してもよい頃合いではなかろうか、と源氏の胸が騒ぐのです。
まだ十四歳という年齢ですが、不釣合いではありません。
果実が実るように自然に自分を恋うるようになるまで待つべきか、とも思うのですが、出会った頃の宮そのもののような姿に想い惑わされるのでした。
紫の君は源氏が留守をしていた三月の間、それは寂しくて仕方がありませんでした。
乳母(めのと)の少納言の君や女童、他の女房達もいるので、寂しくはないのですが、姫の中で源氏の存在が大きくなっていて、会えないことを物足りなく感じていたのです。
毎日顔をつきあわせて冗談を言って笑いあったり、いろいろと世間のことなどを話してくれる源氏の存在は時には父のようでもあり、兄のようでもあり、また微かな恋心が芽生えていたのかもしれません。
そのような初々しい想いが紫の姫を乙女に変えたのでしょう。

源氏が二条邸に戻ってからは、毎日のように紫の君の元を訪れます。
以前のように碁を打ったり、偏継ぎ(へんつぎ=漢字の旁/つくりを決めて、それに偏をあてていって、行き詰った方が負けとなるゲーム)などをして楽しく過ごせることを嬉しく思う紫の君でしたが、源氏の艶(つや)やかな視線にどきりとすることもあり、何やら前とは違うような緊張感を覚えるのでした。

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