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紫がたり 令和源氏物語 第百五十六話 絵合(二)

 絵合(二)
 
斎宮の姫が入内を承諾したことを女院は心から喜ばれました。
なるべく早くにという思し召しの元、源氏は水面下で着々と準備を進めております。
本来ならば正式な親代わりということで、一旦二条邸に迎えて正式な養女としてからの入内が望ましいところでしたが、兄の朱雀院が所望していた姫なので、仰々しくはせずに、という配慮の元に入内の日も決定されました。

朱雀院は漏れ聞こえた噂にがっくりと肩を落とされましたが、相手が帝では為す術もありません。
いっそ再び帝として世に戻ろうか、などと筋違いなことを思召すほどにあの姫宮が惜しいと思われる院なのです。
そのような考えが過るたびに亡き父君・桐壷院と御目を合わせて塞がれてしまったことが思い返されて、背筋が冷たくなるのを感じられるのでした。
せめて姫宮が入内されるその日には見苦しい様は見せずに、晴れの祝いの品を揃えよう、と気を張られるのでした。

入内当日、朱雀院は立派に仕立てられた装束をはじめ、名工による見事な調度などを姫宮に贈られました。
その選り抜かれた品々は源氏が見ることを承知のうえで整えたもので、たいそう素晴らしいものばかりです。
ちょうど姫宮の御座所を訪れた源氏の前には品々が拡げられているのでした。
「女別当よ、こちらのお品はどちらからか?」
「朱雀院さまでございます」
姫の傍らに控える女官が恭しく応えるのを、院にはお気の毒なことを、と胸が痛む源氏ですが、それとこれとは別のこと、姫宮は政治家源氏にとっては大切な持ち駒の一つですので、冷徹ながらけして手放すことはできないのです。
あの姫の器量からしても未来の中宮に相応しいと睨んでいるのでした。
ふと額髪の左に挿して飾る差櫛の箱の心葉(組み紐でつけた飾り)に歌がしたためられているのを源氏は見逃しませんでした。

 別れ路にそへし小櫛をかごとにて
      はるけき中と神や諌めし
(姫宮を伊勢へと送り出したあの日、別れの櫛をあなたに挿したこの私を神が諌めて二人の仲を永遠に裂いてしまったのでしょうか)

やはり思いきれぬとは辛きこと。
兄上には申し訳ないことをしてしまった、と源氏の胸は痛むのです。

「源氏の大臣、こちらのお返事は如何いたしましょう?」
女別当が側近らしく伺いを立てるのは、姫宮が恐縮してなかなか筆をお取りにならないのを心得ているからなのです。
「これだけ立派なお品を送られてお返事もなさらないのはよろしくないでしょう」
「世間一般の御礼状として姫の御手で書かれたほうがよいと思われます」
姫宮は勧められた通りに筆を取ると、さらさらとしたためられました。

 別るとてはるかに言ひしひとことも
       かへりて物は今ぞ悲しき
(かつて伊勢下向の際に別れの櫛を御手で挿されて、都へは戻るなよ、と言われたあの時の感慨が、都へ戻った今となっては物悲しく思われます)

誰あろう、姫宮こそが己の数奇な流転の運命に翻弄されておられるのです。
斎宮として神に仕える身であった頃は、そのまま伊勢にて朽ちるともしれぬと覚悟したものを、よもや殿方に嫁ぐことになろうとは。
しかも今上帝の元へ輿入れすることになろうとは。
亡き母君は喜んでくれているであろうか。
新しく拓かれる扉を前にして、姫宮は怖じていられるのでした。

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