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紫がたり 令和源氏物語 第二百四十話 螢(八)

 螢(八)
 
明石の姫の養育はそれは慎重に考えられた上でなされておりました。
美しく賢い女房たちを多く侍らせ、源氏が紫の上を育て上げた時のように、調度品などは華美を抑えた上質なものを揃えてあります。
こうすることで物の良し悪し、美的感覚が研ぎ澄まされようというものです。
そして源氏は普段春の御殿に立ち入ることを許さなかった夕霧を姫とだけは親しくするようにと迎え入れました。
紫の上と間違いがあっては困ると警戒しているのは変わらずですが、兄妹の間で情を育むのは重要だと考えているからです。
もしも源氏に何かあっても兄妹の絆が強ければ、夕霧が強力な後ろ盾となって妹を庇護するでしょう。
夕霧もこの愛らしい妹の相手をよくして、可愛がっております。
「お兄さま、おままごとをしましょう」
そう言われるとにこにこと嫌がりもせずに付き合うのです。
雛たちを並べて、夕霧は昔雲居雁と遊んだことなどを思い出しているのでした。
夕霧はいまだ初恋を忘れてはいません。
いつでも心の奥では雲居雁を想っているので、他の女たちが色目を使うのも気付かぬふりをしています。おかげで周りからは生真面目な堅物のように見られていますが、やはり美しさと優秀さで近年一番人気のある公達なのです。その近づきがたい雰囲気から、この六条院の女房たちからも憧れの君のように熱い視線を注がれているのでした。
 
夕霧は浅葱の袍を馬鹿にした雲居雁の乳母、冷たくあしらった内大臣の仕打ちを今も胸に刻んでおります。
表面上はすでに雲居雁を忘れた風を装ってつとめて冷静に振る舞っておりますが、いつか内大臣の方から雲居雁を許すというように折れない限りは、男としての面目が立たないという意地もあります。
内大臣を見返すべく真面目に務め、立派になろうと日々努力する反骨精神が今の夕霧を形作り、一人の男性としての魅力を育んでいるのでした。
 
内大臣の方はといいいますと、近頃良いことがまったくないので気分も晴れません。夕霧がまるで雲居雁に執着していないように振る舞うのも腹立たしく思っておりました。
源氏が間に入って頭を下げれば雲居雁を夕霧に許してもよいと考えていたものを、あちらからは何の反応もないのです。
それどころか源氏はしばらく行方不明だった美しい姫を見つけ出したとかで、六条院は若い貴公子たちが足繁く通う噂の的ではありませんか。
本来ならば雲居雁をそのようにしたかったものをあてが外れていつでも源氏においしいところを持っていかれるのが悔しい内大臣です。
内大臣は男児は多く恵まれましたが、姫は少ないので、このような状況になるとふとあの撫子(夕顔の娘=玉鬘)を思い出さずにはいられません。

そんな時に不思議な夢を見たので、有名な夢占の女を呼び寄せました。
「これはまた奇妙なことです。大臣の御子である優れた姫が人知れずどちらかに養われているようでございますよ。お心あたりはありませんか?」
女はそう告げました。
内大臣はこれは異なこと、と驚きました。
男子ならば養子に行くということもないことではありません。それが姫が他の親に養われているとはどうしたことか。
ともあれ内大臣は息子たちを呼ぶとこの夢占を告げて、もしも我が子であると名乗り出るものがあればそれとなく知らせよ、と言い含めました。

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