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令和源氏物語 宇治の恋華 第百七十話

第百七十話 浮舟(三十四)
 
 波こゆる頃とも知らず末の松
      まつらむとのみ思ひけるかな
(あなたが末の松山と誓う人と信じて他の人を待っているなどと露とも知らず、私は待たれているのは自分だとばかり思っておりましたよ。悲しいことだ)
 
浮舟は薫から贈られたこの歌に戦慄いてはらりと文を落としました。
 
これはいったいどうしたことであるか?
まさか君が秘密をお知りになったのか?
 
顔面蒼白の浮舟はただただ動揺するばかりでどうしてよいのかわかりません。
惟成が返事をいただこうと控えて侍従の君が急かすもので、返事をと考えても、なんとしたためればよいでしょう。
認めてしまえば薫君とはすべてが終わってしまうのだということだけが浮舟を捉えて悩ませるのです。
困った浮舟は、お宛先の違う文が紛れ込んだようでございます、とだけ書いて手紙を元のように結んで返してしまいました。
浮舟君が手紙を戻したことを知った右近の君は侍従の君が手紙を惟成に返す前に内容を確認しました。
「侍従の君、これはまずいことになったかもしれないわ」
横から覗きこんだ侍従の君もさっと顔を青ざめさせました。
「これは・・・。殿は宮さまとのことをお気づきになったということかしら?」
「おそらく間違いないでしょう」
「まぁ、どうしたらよいのでしょう」
「今更わたくしたちが騒いでも仕方のないことよ。姫さまも動揺されるだけだわ。手紙を見たことも内緒にしましょう。きっと狼狽えていらっしゃるでしょうから、まずは落ち着いていただくのが先決だわ」
「でもまさかこのようなことになるなんて」
「露見しない秘密などあるでしょうか?こうなれば姫さまはどちらの殿方か御心を決めなければならないのよ」
「そうねぇ、それしかないわね」
「姫さまの様子を見てきましょう」
「ええ」
二人の女房は努めて平静を保とうと心がけますが、自然に足取りは常よりも慌ててしまうものです。
御座所で具合悪そうに臥している浮舟君を認めた二人は顔を見合せて困ったこと、と頷きあいました。
「姫さま、お加減がよろしくありませんか?」
「ええ、とても気分が悪いのよ」
「だからといって薫君からのお文をそのままお返しするのは縁起が悪いですわ。まるで縁切りのようではありませぬか」
「どうやらわたくし宛ての手紙ではなかったようなの。まるで内容がよくわからなくて、お恨みばかりが綴ってあって」
「大変なことになりましたわねぇ。きっと殿は姫さまと宮さまとのことをお知りになったのですわ。宮さまの使者が頻繁に文を運んで来ていたので露見したのかもしれません」
浮舟はさっと顔を赤らめました。
まさか右近が手紙を盗み見たとも思わないので、薫君の近しい者たちにもそのように吹聴されているのではないかと気が気ではないのです。
秘密を重ねればいつしかこうした事態が起きることは容易に予測できたものをどうしてそれに気付かなかったのでしょう。
人を裏切るという行為を神仏が見逃すはずもないのです。
まるで世間の人達にまで自分と宮とのことが知れ渡ってしまったように思われて、これを母君も知ったならば何と言われるか、と浮舟は目の前が暗くなるのでした。

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