見出し画像

紫がたり 令和源氏物語 第二百五十六話 野分(七)

 野分(七)
 
源氏はそのまま花散里の君の元へ渡られ、夕霧は妹の明石の姫のご機嫌を伺って参りますと源氏に断って御前を辞去しました。
あのような場面を垣間見て、とても父の顔をまっすぐと見ることができないのです。感情を抑えようにも軽蔑の念が態度に滲み出てしまいそうです。
まずは心を落ち着けることが肝要と妹姫の元へ向かいました。
幸い姫は紫の上さまの元へ行っているらしく、夕霧は控えの局を借り、手紙でもしたためて心を鎮めようと考えました。

それにしても先程の衝撃的な光景がなかなか頭を離れません。
こんな時には面白い歌なども思い浮かぶはずもなく、とりあえず雲居雁と惟光の娘(藤典侍)に野分の見舞いをと思って筆を取りました。
この君はもともと文官の博士のような気質なので、文字を連ねることで心の平穏が整っていくようなのです。
「なんとも驚いたことだが・・・」
姉君の玉鬘姫はたしかに美しい姫であったよ、とは心の中で呟いた言葉です。
紫の上さまにはとうてい及ばないものの美しい姫でありました。
紫の上さまが霞かかった尊い山に生えるあでやかな樺桜とすれば、玉鬘姫はもっと人の手に届くような貴人の庭先の八重山吹といったところでしょうか。
あと夕霧が知る美しい女人といえば生い先楽しみな明石の妹姫くらいです。
この小さい姫はさしずめ藤の花でしょうか。
高いところからたわわに花をつけた藤紫が風に揺られて芳香を放つのがなんとも雅やかに思われます。
いずれも美しい人達ではありますが、紫の上さまのような人を妻にできれば生涯愛し抜いてきっと幸せに暮らせる気がするよ、と夕霧は仄かにまた麗しい人を想うのでした。
 
夕霧は源氏の意向もあり三条邸に戻っておりました。
大宮はすっかり元気を取り戻して、こうして命あるのも御仏のおかげとお勤めに励んでおられます。
そこへ珍しく息子の内大臣が野分見舞いに訪れました。
当然のことながら夕霧は雲居雁とのことがあるので気まずく、そちらには寄り付きもしません。
「雲居雁は元気ですか?久しく会っておりませんもので」
大宮はそれとなく愛孫である雲居雁と会えないものかと願っております。
「最近では大人になり夕霧とのことが恥ずかしいものであったとわかる分別がついたようでございます。塞ぎこんでいて見ていて辛いですよ」
そう内大臣は本音を漏らされます。
大宮もそれ以上のことは言うことも出来なくなり、悲しいことと萎れるようです。
「実は母上に相談したいのですが、雲居雁よりも厄介な娘がおりましてね。人前にも出せず、なんとも手に負えません」
「あなたの娘であるのにそんなことはないと思われますが」
大宮が慰めると、内大臣は我が意を得たり、とばかりに大宮に続けました。
「いっそ母上に教育してもらった方がよいのではないでしょうか?雲居雁をあれだけ立派に育てられたのですし」
大宮は二の句が継げなくなりましたが、どうやら内大臣の訪問は手に負えない姫をどうにかしようと、こちらが本来の目的であったようです。
「また雲居雁のようなことが起きては、年老いた身に責められるのは辛うございますわ」
大宮はやんわりと断り、内大臣はがっくりと肩を落とされ、日頃の行いの報いを受ける羽目になったのでした。

次のお話はこちら・・・


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?