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紫がたり 令和源氏物語 第二百十一話 玉鬘(四)

 玉鬘(四)
 
さて、多くある求婚者のうちに大夫監(たいふのげん)という者がおりました。
大抵の者は乳母に、
「体が不自由なもので、嫁がせるわけにはまいりません。尼にしようと考えております」
そう断られると、しぶしぶながら引き下がったのですが、この監はなかなか諦めようとはしませんでした。
監は肥後(現在の熊本あたり)に住み、一族も多く、この地方では大きな力を持つ大富豪なのです。
加えて大層色好みで、かねてから噂の高い美女を集めることに腐心しているのです。権力も財力も他の求婚者たちとは桁違いなうえに、姫に対する執着が並々ならぬものなのでした。
その姿は大きく野卑で、ひどい訛りで何を言っているのかもわからないので、乳母はことさらに嫌悪しております。
 
「体が悪か?そぎゃんこつ気にせんでよか。俺(おる)が世話して治してみせますばい」
このような調子で、乳母が身体の不自由を理由にして断ろうとしても怯む様子もないのです。
この男の大きな声は邸の奥にいる姫の耳にも届きました。まるで獣のように思われて恐ろしく、姫は几帳の陰に隠れて震えているのでした。
 
大夫監(たいふのげん)は一見愚鈍な大男のような印象ですが、実は頭のきれる男でした。なんの勝算もなく闇雲に少弐の家を訪れたわけではありません。
少弐の息子の次郎と三郎はすでに監に懐柔されており、二人の息子は母と兄を説得しようとしています。
 
次郎:「姫とは不釣り合いと思われるでしょうが、監に逆らえばこの地では生きていけませんよ。逆に味方になればこれほど頼もしい相手はいないではありませんか」
三郎:「そうですよ。それに姫がこの地に下られたのは監とご縁があったからではないのでしょうか?尊い血筋といっても認められぬではただの日陰の花ですよ」
次郎:「監は気の荒いところがありますから、怒らせたら厄介ですよ」
三郎:「私も兄上の言うとおりだと思います」
 
求婚というものは夜中に秘めやかに行われるものですが、大夫監は昼間にやってきてだみ声でまくしたてるのです。それを遠くに聞くにつけても姫の心は暗く沈み、己の数奇な運命を呪い嘆くばかりです。
尊い身分の父という人は娘が生きてここにあることを知りません。そして今無風流で田舎者の荒々しい男が我が夫にならん、としているのです。
もしも少弐の息子たちのように普通の男性であれば、そのうち心を通わせて結婚することもあるでしょうが、姫にはどうしてもあの大きなだみ声の監が恐ろしくて仕方がありません。
流水に弄ばれる木の葉のように頼りない運命ならば、いっそ消えてしまいたい、と悲しみに打ち臥すしかないのでした。
 
大夫監はといいいますと、どうやらもう姫を娶ると決めてしまったようです。
「この月は縁組には不吉ですわ」
そう乳母がまた精一杯の抵抗をするもので、翌月の中頃に姫を迎えに来ると言い放ちました。
そして自分にも風流の心があるところを見せようと思ったのでしょうか。
おもむろに歌を詠みました。
 
君にもし心たがはば松浦なる
     鏡の神をかけて誓はん
(姫に対する気持ちは変わりませんが、もし心変わりしたならば神罰をうけてもよいと松浦の鏡明神に誓約しましょう)
 
ありふれた歌でこの男の教養の低さが露わになり、乳母はふいに返しました。
 
年をへて祈る心のたがひなば
    鏡の神をつらしとやみむ
(長年姫の幸せだけを願ってきた私の願いがこんな田舎者の妻になることで挫かれるのであれば、それこそ鏡明神をお恨みします)
 
「そいはどういうこつか?」
乳母がそろりと歌い捨てたものの意味がわからなかったのでしょう。
大夫監が首を傾げながら迫ってくるので、乳母の娘は慌てて取り繕いました。
「母は歳をとっているので、姫の体が御不自由なのにこの縁談を決めてしまったと言ったら、恨まれるであろうということを変に詠んだのですよ」
監はやはり歌の本当のところはわからないようで、そうかそうかと頷いて帰って行きました。

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