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令和源氏物語 宇治の恋華 第百七十四話

第百七十四話 浮舟(三十九)
 
浮舟からの返事が来ないのを賢しらな女房たちが浮舟にいらぬ知恵をつけたのではあるまいか、と焦りを感じた匂宮はもう居てもたってもいられなくなりました。
まさか薫に二人のことがバレたとは考えも及ばないのです。
直に逢い、互いの愛を確かめれば浮舟は承諾するに違いないと例の大内記・道定を呼びましたが病に臥せて参上できぬとのこと。道定は薫君が匂宮と浮舟が通じていることを感じとり、その手引きをしたのが自分であると側近の惟成に気取られたと自粛しているのです。
宮に取り入ってそこそこの地位を得たものの、帝の婿であり、後には大臣にも上ろうという天下の右大将に睨まれるのは避けたいところ。
自ら望んで踏み込んだ恋路なれば宮にわざわざ密事が露見したことを告げるまでも無い、そうした覚悟は持ち合わせてのことであろう、と実に冷徹に宮を切り捨てました。
道定はほとぼりが冷めるまで身を慎むとあっさりと態度を変えたのです。
このように日和見の男を頼りにしていたとは、従える者の品性が主人を映す鏡というものでしょうか。
道定が手引きをしたと睨んだ薫はけして今後彼に目を掛けることはありません。さすがの道定も己が身の振りを誤ったということとなりましょう。

ともあれ浮舟の心を変えようとばかりに逸る匂宮は乳兄弟の時方とその近しい部下たちとで心もとない山路に踏みこんだのです。
暦の上では春といえど夜分け入る深山は未だ厳しい。
ふくよかな大気の気配も知らず宮はただ道を急ぎながら、冷え込むほどに辛い恋路が身に沁みて、それを恋の醍醐味と己に酔いしれるのはやはり世間を知らぬ君ゆえか。
これほどの思いしたと知ればきっと浮舟は我が元へ参ることを決心してくれるであろう、と宮は信じて疑わないのでした。
 
宇治へ着くと山荘は以前と様子が違っておりました。
深更でも赤々と燃える篝火に忍ぶ者を見逃さぬ気概が感じられます。
それまでの夜警の気配はものものしくなかったものの、いかつい男達が徘徊しているのに只ならぬ雰囲気を感じ取ったのでした。
「これはどうしたことであろう。以前とはまったく様子が違うではないか」
遠く浮かび上がる明るい山荘を目の当たりにして、匂宮は一抹の不安を覚えずにはいられませんでした。
時方は邸にはあまり馴染のない下人を向かわせ、様子を探らせようと考えました。
「この文を浮舟さまに届けよ。もしも見咎められたならば京の母君からであると右近の君を呼び出せ。よいな?」
「はは」
そうして下人は闇に溶けてゆきました。
不安を覚えた宮は時方を呼び寄せて懸念を吐露しました。
「これは、まさか薫が私と浮舟のことを気付いたのではあるまいか」
「薫右大将の目をいつまでも欺けるとも思われません。やはり最悪の事態が出来したと考えるべきでしょう」
匂宮は薫を出し抜いた自分に酔いしれていたもので本当にこうした事態に陥って動揺するばかりなのです。
それは薫との友情の破綻を意味し、浮舟とも裂かれるという予感。
遊びのように恋を弄んできた宮には今回ばかりはいろいろと思うところもあるのでした。

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