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紫がたり 令和源氏物語 第三百七十三話 柏木(三)

 柏木(三)
 
小侍従が六条院に戻ると何やら慌ただしいのを不審に思いました。
どうやら女三の宮が産気づかれた模様です。
祈祷の僧たちが呼び寄せられ、女房たちは湯を沸かし、新品の白衣などを抱えて右往左往しております。
明石の女御が次々と御子に恵まれておりますので、六条院での初めて出産というわけではありませんが、女三の宮の女房たちには経験のないこととて、みな一様に緊張した面持ちなのです。
小侍従は秘密を知る者として死の淵にある柏木を思い浮べながら、その血を引く子が今まさに生まれようという瞬間を複雑な気持ちで眺めているのでした。

そこへ源氏も急いで駆け付けました。
女三の宮は細く弱々しい御体であるので、出産に耐えられるのか、とかつて葵の上を亡くした君は顔を青くしております。
忌々しい子とその存在をどうしたものかと思い悩んだこともありましたが、生まれてくる子供に罪はなし、やはり無事に出産して欲しいと願わずにはいられません。
 
明石の女御はそれほどの時間もかからず安産でしたが、女三の宮は一晩中苦しまれておられるのが気の毒で、源氏は次の間に僧侶を大勢呼び寄せて安産祈願をさせました。
やはり小柄な宮に出産は荷が重すぎたか、と源氏は口元を引き締め厳しい顔をして、数珠を握り締めております。
人の運命は月による満ち引きに導かれると言われております。
まるで陽の気が満ちるように、陽が昇る頃に宮は若君を出産されました。
源氏は母子ともに無事であると知ると安堵しましたが、男君であったことに一抹の不安を覚えます。
もしもその子が柏木の面影を宿した子であったならば、いずれその隠された秘密も露見するのではなかろうか、そう考えただけでも気が鬱するというものです。
女児であれば邸内でかしずくので人目に触れることもないでしょうが、男児ではそういうわけにも参りません。
まさに応報によって結ばれた実がここに誕生したようで、かつての己の罪を目の前に突き付けられた君ですが、これで己の罪障も如何ばかりかは軽くなるであろうかと考えたりするところはまこと身勝手、相変わらず懲りない御方なのです。
若宮には気の毒なことですが、これから先も頭の痛くなる御子の誕生であるので、源氏はその生まれた子の顔さえも見ようとはしないのでした。
 
尊い宮腹に源氏の御子が生まれたとあって俄かに世間も明るい話題に浮かれるようでした。
朱雀院からは真っ先に産養いの祝いが届けられ、今上からも誕生を言祝ぐ品々が、冷泉院は源氏の息子ならば我が弟と密かに喜びながら立派な祝い物が贈られました。
貴族と名のつくものならばこの祝いに乗り遅れてはならぬ、とばかりに続々と届け物が六条院に到着するのでした。
源氏は形ばかりは盛大に下々の者まで招いて饗応しましたが、その顔色は優れません。本当に我が子であったならばどれほど喜びが込み上げてくるであろうかと憂い、苦い気持ちばかりが苛むのです。
郭公(かっこう)は托卵という手段をもってして種の違う鳥に子を養わせるわけですが、源氏の御子とあればその財産も名門としての声望も引き継ぐことになりましょう。
そこまで柏木が考えたかどうかまではさすがの源氏にもわかりませんが、宮を盗まれ、うまくやってのけたのは柏木であるよ、と些か負けたような惨めさが胸裡に嵐となって吹き荒れるのです。
しかしながらその代償が自らの命であるとは。
そう考えると不憫にも思われるのでした。
源氏にはもう柏木は生き延びることはできないという予感が確信であると思われます。
 
恋に死んでみよ、という言葉通りになったことが、言霊となって柏木を呪ったのか?
 
それも空怖ろしく、人を呪った己をあさましく感じられるのです。
 
 
女三の宮は出産の苦しみで精も根も尽き果てたように床に臥しておられます。
水も飲まずに憔悴しておられるのが痛々しく、まわりの女房たちは源氏が見舞いに訪れるどころか、若君を見にも来ないことを恨んでおりました。
女三の宮は自分も生まれたこの子も疎まれているに違いない、そう感じるにつけても益々気力を失ってゆくのです。
いっそこの機会に死んでしまった方が楽なのではないかと悲嘆に暮れて沈んでいらっしゃいます。
そんな心弱くおられる宮の御耳に何者かが囁きました。
“顧みられぬというのはお辛いでしょう。いっそ尼にでもなられた方が御身も楽になれましょう”
 
嗚呼、その通りである。
出家すれば不義の罪障も少しは濯がれるかもしれない。
 
そう思われると、宮はその考えばかりにとりつかれるようになったのでした。

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