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紫がたり 令和源氏物語 第八十九話 賢木(十八)

 賢木(十八)

さて、源氏と中将が宴を開いたことが、どうやら右大臣や弘徽殿大后の御耳に入ったようです。
「朝廷に出仕もせず宴を開いているなんて、馬鹿にした話じゃありませんか」
などと、大后は不快感を示されましたが、政事は右大臣の一族が牛耳っているので、源氏や中将が意見する隙もありません。
結局何をやっても気に食わない、とただそれだけのことなのでしょう。
三位の中将は毎日のように源氏の元を訪れるので、右大臣や大后に悪しく言われていることを源氏に告げ口しました。
「聞きました?自分たちが好き放題やっているのにあの言い草はないですよねぇ。気にしないのが一番ですが、それにしても癪に障る連中だなぁ」
中将が思いの丈を代弁してくれるので、源氏はただ笑っております。
しかし心の底では右大臣や大后を愚かだと思っておりました。
そして鼻をあかしてやりたいという気持ちがやはりあったのでしょう。
源氏は前にも増して朧月夜の姫との逢瀬を重ねているのです。
そこには右大臣や大后の目を掠めて姫を盗むということで溜飲を下げているようなところもあったのかもしれません。
また出家してしまった入道の宮に対する想いが強すぎて、もうどうにでもなればいい、というような自暴自棄な面もあったのでしょうか。

ちょうどその頃朧月夜の姫は瘧(おこり=熱病のようなもの)を患って実家に宿下がりをしておりました。
体が回復すると早く源氏の君に会いたい一心で、恋文をしたためます。
大后も宿下がりをしておられたので、その邸に源氏を引き入れようとは恐れも知らぬ行動ですが、恋しさのあまり分別まで失ってしまうのが、愛というものなのでしょう。
源氏は朧月夜の姫に誘われるままに夜毎右大臣邸へ忍び入りました。そのような危うい橋を渡ることがいつまでも露見しない筈はないのですが。
ある夜、源氏が朧月夜の姫の元を訪れていると突然、激しい雨が降り出しました。
ごろごろと雷まで鳴りだして、姫君を心配した女房達が御帳台の周りに集まってきたので、源氏は出るに出られません。
仕方なく姫の寝所に潜んでいると、右大臣が前触れもなく姫の部屋へと入ってくるではありませんか。
「おお、ひどい雨でしたね。雷まで鳴って。心細くはありませんでしたか?」
そう、せかせかと早口で尋ねられます。
源氏はなんとせっかちな御仁よ、こんなところが左大臣とは違って軽々しく思われる・・・、などと観察しておりますが、朧月夜の姫は赤くなるやら、青くなるやらでひどく狼狽しています。
「はい、お父さま。只今そちらに参ります」
ようやく御帳台から出たものの、姫は狼狽して動悸の激しさから顔が赤らむのを抑えることができません。
「おや、また熱がでてきたかね?顔が赤いぞ」
熱を確認しようと手を伸ばした右大臣は姫の着物の裾にふた藍の男物の帯がまつわりついているのに気が付きました。
右大臣は目を剥きました。
もしや、男が・・・。
右大臣は血がのぼりやすい気質なので、即座に御帳台に踏み入りました。
そこには源氏がしどけなく横たわっており、今さらながら扇で顔を隠す様子は、このような状況でなければ男さえ見とれる艶姿ですが、右大臣は重ねられた娘の不祥事に怒り心頭です。
「六の君、なんということを・・・」
右大臣は恐い顔をしたまま、部屋を後にしました。

次のお話はこちら・・・


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