見出し画像

紫がたり 令和源氏物語 第三百十話 若菜・上(四)

 若菜・上(四)
 
朱雀院が御出家の意志を固め、御堂も建立されたことから、世に名のある貴公子達は俄かに浮足立っておりました。
女三の宮のご降嫁が現実味を帯びてきたからです。
貴族の男子にとって皇女を賜るということほど名誉なことはありません。
皇女といえば帝の后に次いで尊いとされる最高の女人です。
早速名乗りを挙げたのは三人の貴公子です。
兵部卿宮と太政大臣の子息・柏木の衛門督(えもんのかみ)、かねてから院にお仕えしている別当・藤大納言。
 
兵部卿宮は例の螢宮・風流男の源氏の弟宮ですが、玉鬘姫を得られなかったことで、もはやそれ以上の女人しか眼中にないようです。
柏木は夕霧より六つ年長の二十四歳でしたが、未だ北の方を定めてはおりません。
それは密かに皇女を賜りたいという大望を抱いていたからです。
此度のような好機に柏木が女三の宮降嫁に名乗りを挙げないわけがないのでした。
太政大臣も息子の気持ちはよく知っていたので、北の方の妹であり、朱雀院の寵姫である朧月夜の尚侍に強く働きかけて院の御心を動かそうと必死になっております。
藤大納言というのは院を敬愛しているので、その姫宮とあらば我が主人と仰いで大切にお仕えしようという心積りなのでした。
 
朱雀院の秘蔵の姫である女三の宮の婿選びはこうして世を湧かせているのですが、源氏にという考えが浮かんでからは院の御心は他の候補者へと向きません。
兵部卿宮は院にとっても弟ではあり、趣味人としては優れていると思われますが、婿としてはどうにも軽々しくて頼りない印象が否めません。
柏木はもう少し出世すれば考えても良いが、やはり重々しさに欠け、夕霧と比べると見劣りするものよ、とよい顔をされません。
藤大納言に至っては、大納言風情が皇女を望むのもおこがましいとばかりに蔑んで、はなから相手にもされないのです。
源氏以上に頼もしい存在はあろうか、と院の御心は固まりました。
 
世の人々がいろいろと噂をするもので六条院の紫の上にもその話は自然に聞こえてくるものです。
噂によると院は誰よりも源氏に女三の宮の後見を望んでいるということでしたので、紫の上は他人事と聞き流すこともできません。
世を捨てようと心の隅に思っていても、やはり源氏は紫の上にとって現世への絆(ほだし)となっているのです。
この期に及んで源氏が女三の宮を迎えるということは考えられませんが、尊い女人を求める源氏がその話を承諾してしまうかもしれない、という一抹の不安があるのです。
そうなればこの身は世の物笑いの種になろう、そう考えるにつけても物憂くなる紫の上なのでした。

次のお話はこちら・・・


この記事が参加している募集

古典がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?