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紫がたり 令和源氏物語 第五十二話 紅葉賀(十一)

 紅葉賀(十一)

翌朝源氏の元に源典侍(げんのないしのすけ)から源氏が残した帯などが届けられました。
しかし帯は中将のものです。

 恨みてもいふかいぞなきたちかさね
      引きてかえりし波のなごりに
(お二人がつぎつぎと現れて二人一緒に帰ってしまい、残された私はわびしいばかりです)

なんとまぁ、ずうずうしい文であることかと源氏はなかば呆れましたが、相手は労わらなければならないお年寄りです。

 あらだちし波に心に騒がねど
   寄せけむ磯をいかがうらみぬ
(波のように襲ってきた中将は恋人を盗られたのだから恨みはしませんが、波を寄せ付けるあなたを恨むとしましょう)

すると中将から昨晩の騒動で破られた源氏の直衣の袖が届けられたので、代わりに源氏は中将の帯を返してやり、これでおあいこといった具合になりました。
それにしても迂闊なそぞろ歩きも自重せねばどんなことが起こるかわかったものではないなぁ。
密かに反省した源氏の君なのでした。

二人の貴公子に挟まれて、辛いわ♡

という体に酔いしれる源典侍には酷なことですが、頭中将は勿論、源氏の君も今回の騒動でもう二度とおばば殿とは関わりを持つまい、と心に刻んだのです。

陽が高くなった頃、源氏と中将は清涼殿にて顔を合わせました。
政務にあたる時は互いに真面目くさった顔を突き合わせているのが可笑しくて、ふと目が合った折にはにやりと笑んでしまいます。
まだ二十歳そこそこ、健康で恵まれた貴公子たちの素顔はこのようなものなのです。
二人は秘密をひとつ共有したことでさらに親密になりました。


源氏が若さを謳歌している間にも帝は新しく生まれた皇子の為にさまざまなことを思いめぐらされておりました。
母である藤壷の宮は身分こそ高いですが、すでに二親は他界しており、強い後ろ盾があるわけではありません。
現在の春宮は弘徽殿女御(こきでんのにょうご)がお産みになった第一皇子ですので、譲位すれば右大臣側の勢力が大きくなることでしょう。
そこで藤壷の宮と皇子がないがしろにされないためにも、宮の地位をしっかりとさせることが肝要と考えられました。
そして帝は大きな決断を下されました。藤壷の宮を中宮(ちゅうぐう)に立后する思し召しです。
「中宮」とは数多いる后の中の“一の后”という称号です。
国中の女性の頂点といっても過言ではありません。
もちろん長年連れ添ってきた弘徽殿女御を差し置いてということになりますが、帝が譲位すれば皇太后という立場になられるということで、このお話は帝の確固たる意志で推し進められました。


その年の七月、宮は中宮にお上りになりました。
中宮として入内する夜、宰相となった源氏は御輿の傍らに控えながら、宮がさらに遠い存在になったことを噛みしめ、物想いがまたひとつ深まるのを感じておりました。

 尽きもせぬ心の闇にくるるかな
    雲居に人を見るにつけても
(果てしなく続く心の闇に悲しみで目がくらみます。はるかな高みに昇り、もうお会いできないあなたを思うにつけても)

次のお話はこちら・・・


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