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令和源氏物語 宇治の恋華 第百二十七話

 第百二十七話  親心(四)
 
常陸の守は依怙地で度量の狭い男というわけではありません。
むしろ寛容で継子と言えどいずれよい婿をという心積りはあったのです。
しかしながらやはり自分の年頃の娘をまず先にという思いがあって対の姫の世話まで手が回らずにいたのですが、北の方がそれを僻んで夫をだしぬくような事をしでかしたのが気に食わないのでした。
守は愚かではないので自分がどれほど不器量で雅に疎いかというのは承知しております。
北の方は宮家に仕えていたこともあり、嗜みがあるのをよしとして妻と迎えましたが、時折向けられる侮蔑の目がどうにも耐えられぬのです。
継子のほうばかりを可愛がるように思われるのも常陸の守の劣等感と言われればそれまでですが、別れた男をいつまでも慕っているように感じられて面白くないのでした。
そうとなれば誰が自分の子でもない姫の世話なぞ焼くものか、と話は拗れる一方で、北の方の手助けがなくとも末の姫の婚儀を整えてあげようと片肘を張る守なのです。
 
北の方は予想だにしなかった顛末に呆然として悔し涙を流しました。
「左近の少将がこれほどの恥知らずであったとは口惜しい。宮の姫がお可哀そうで」
姫の乳母も悔しい気持ちはありましたが、そこを堪えて北の方を慰めました。
「左近の少将も簡単に心を変えるような薄情な人なのですわ。むしろ結婚される前にわかってようございました」
「それにしてもあの人(常陸の守)の婿を横取りするようなやり口も許せません。わたくしが動かねば婚期も逃しかねないからと自ら探し出した縁をさらってゆくなんて」
「御方さま、きっと姫さまはあんなつまらない男と添う定めではなかったのですわ。姫さまにはきっともっと素晴らしい殿方との宿縁があるのでございましょう」
「おお、可哀そうな姫だこと。父親がいないということでここまで惨めな目に遭うなんて。今更ながら八の宮さまを恨みますわ」
北の方は悔しさで打ち震えて嘆きました。
宮の姫はそのような母の様子で自分の縁談が破談になったことを知りましたが、その心には少将への恨みなどはなく、ただただ母がいたわしく感じられるのです。
 
わたくしの存在がいつまでも母上さまを苦しめているのだわ。
 
そう思うと悲しくて我が身を責めずにはいられません。
宮の姫は物心ついた時には常陸の守の邸に引き取られておりましたが、常陸の守が真の父ではないということはとうに気付いておりました。
幼い頃には常陸の守に遊んでもらったこともありましたが、母が弟や妹を産むほどにこの邸での居場所がなくなるように感じられたものです。
あちらの対の姉妹とは交わることもなく、父違いの弟の小君だけがたまに訪れてくれるのみで、疎外されたように寂しく暮らしているのです。
此度の左近の少将との縁組も母君が熱心に勧めてくれたからこそ、これで少しは母の肩の荷が下りようかと承諾したもので、このように悲しむ姿を見るのは辛いばかりなのです。
 
本当のお父上さまにも捨てられ頼る者も無い身なればいっそ尼にでもなってしまいたい。
 
そうして宮の姫も人知れず涙を流すのでした。

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