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令和源氏物語 宇治の恋華 第百二十八話

 第百二十八話  親心(五)
 
初瀬の観音さま、どうか可愛い姫に良縁を授けてくださいまし。
 
常陸の守が婚姻の準備を進めるのを横目に見ながら近頃北の方はそればかりを願って過ごしております。
「姫や、わたくしは家を空けることができないけれど、あなただけでも観音さまへ詣でていらっしゃい」
「母上さま」
「何も心配しなくてよいのよ。きっと観音さまのお導きがあるに違いないわ」
そんな母の意を受けて夏がやって来た頃に姫は宇治の山荘を訪れ、薫君と出会ったのです。
北の方は弁の尼から薫大将の意向を伝えられましたが、あまりに釣り合わぬ相手に慄きました。
「確かに観音さまに良縁をとは願いましたけれど、まさか皇女を賜るほどの尊い御方が姫を見初めるなど。きっと戯れ心でいらっしゃるのだわ」
大将の意志を聞いた乳母は顔を明るく輝かせました。
「御方さま、わたくしは薫大将さまを宇治の山荘にて仄かに垣間見ましたがそれはもう立派なご様子でした。噂によりますと大将さまは生真面目な御方でそれこそ世に取沙汰されるような浮名もなく品行方正で誠実な君のようですわ」
「それにしてもなぜ我が姫を所望されるのでしょう」
「実はあちらの弁の尼さまから事情を少しばかり伺いました」
そうして乳母は弁の尼から聞いた亡き大君と薫の悲恋を語ったのです。
 
「それではまるで姫を人形(ひとがた)とするようなお話ではありませんか。いくら尊いご身分と言えどあんまりな」
北の方はあまりの事に言葉を失い、憤慨する気持ちを抑えられません。
「弁の尼によりますと、薫さまは物の道理をよく弁えた思慮深い御方だそうでございます。遺された中君さまの後ろ盾となり立派に三の宮さまへ嫁がせた配慮などは並大抵の御方ではできませんでしょう。姫さまへの想いは亡き大君さま恋しさもありましょうが、けして婀娜めいた御心からではなく思われる、ということですわ。八の宮さまを師と慕い亡くなって何年経ちましても感謝の心を忘れず菩提を弔っておられるのはなかなかできることではありません。八の宮さまの姫とあらば心からお世話したいとの仰せでした」
「すぐには決めかねます。もしも薫さまの御身分がもう少し低ければこれ以上のご縁はないと諸手を挙げて喜ぶのですけれどねぇ」
そうして北の方は深い溜息を吐きました。
「御方さま、恥を忍んで中君さまにご相談なさっては如何でしょう?」
「まぁ」
「中君さまとはこれまで憚りがあってお付き合いをしてきませんでしたが、よく考えてみてくださいまし。御方さまと中君さまは従姉妹ではありませんか。中君さまも薫さまにお世話になったことですし、あながち的外れな相談ではありませんわ」
「そうねぇ、それもそうかもしれないわね。薫さまという御方を知る為にも中君に相談するのがよいかもしれないわ」
「そう致しましょう」
思わぬところから吹いてきた風に動揺していた北の方ではありましたが、行く先が自然と定まったので落ち着きを取り戻しました。

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