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令和源氏物語 宇治の恋華 第百三十五話

 第百三十五話  親心(十二)
 
宮の姫はのぼせてしまったように熱を出して寝込んでしまいました。
世間の風に当たらずかしずかれた純潔な姫君には匂宮の世慣れた毒々しい囁きは負担にしかならなかったようです。
中君もそんな様子を聞くにつけても妹が気の毒と思わずにいられないので、それと知らぬふりをして側に呼び寄せました。
「姉上さまにどのような顔をしてお会いすればよろしいのでしょう」
己を卑下して縮こまる姫君が労しくて乳母は優しく髪を撫でながら言い聞かせました。
「中君さまは何事も無かったと信じていられるから姫さまをお呼びになっているのですわ。ご安心なさいませ」
その言葉に勇気づけられて顔を上げた姫君は涙に濡れてまことに労しい。
「髪を梳いて御心を鎮められませよ」
いよいよ実の姉と対面という嬉しい場であるのに、先の忌々しきことさえなければどれほど胸躍るところであろうか、と思うにつけても匂宮の振る舞いが恨めしく思われる姫なのです。
中君は宮の姫が知る女人のなかでも最も麗しく落ち着いた風情の高貴な女人でありました。
どことのう匂う華やぎがやはり権門の夫人たる重厚な雰囲気を醸し出していて、親しげに「お姉さま」と呼ぶには気の引けるほどの光輝を放っております。
はにかむ妹の心を解すように中君は優しく語りかけました。
「もうこの世に血を分けた方は無く天涯孤独と思っていたわたくしにとってあなたは得がたき存在なのですよ。さぁ、近くにいらして」
にっこりと迎えられ、血が呼び合うように誘われて自然に笑む宮の姫です。
「あなたさえよければわたくしを姉と呼んでくださいましね」
「わたくしのほうこそこの世にただ一人と思ってずっと過ごして参りました。嬉しゅうございますわ、お姉さま」
血は水よりも濃いといいますが、目と目を合わせ、少し語らうと懐かしさが込み上げて姉妹は手を取り合ったのでした。
「あなたは父上さまに似ているのねぇ。亡き姉もそう言われていたから、本当によく似ておられるわ。まるで昔に戻ったようだこと」
「もしも生きていらしたらお会いしたかったですわ」
「そうねぇ。姉妹三人で仲良く暮らしたかったわねぇ」
そういって大君を偲びながら姉妹は涙を流しました。
「あなたに謝らなければならないわ。夫の仕打ちは辛かったでしょう」
「わたくしこそお姉さまに顔向けできなくなると辛くて。優しい言葉を掛けていただいて救われる思いですわ」
「女人とは辛い生き物だわね。何一つ自分の意思通りにはゆかないのだもの」
宮の姫は恵まれているとばかり思っていた姉がこのようにいたわってくれるとは思いもよりませんでした。
「殿方によって運命って大きく左右されると思うのだけれど、薫さまは信じるに値する素晴らしい御方よ。わたくしはあなたが幸せになってくれることを心から祈っているわ。世間というものはとかく僻み妬みの塊で真実が曲がって伝わるということはよくあることだけれど、あなたは己をしっかり持って歩んで行ってちょうだい」
「お姉さま、ありがとうございます」
ふと微笑む姉の顔は一瞬どこか寂しそうに思われましたが、中君が昔の話や父・八の宮との思い出話を聞かせてくれたので、宮の姫もいつものように屈託のない笑顔を浮かべてそれに応えました。

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