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令和源氏物語 宇治の恋華 第百五十七話

第百五十七話 浮舟(二十一)
 
匂宮は薫のあの様子を伺い心穏やかではいられませんでした。
愛は競争などではないのですが、まず薫よりも先に浮舟に一刻も早く逢いたいという、そればかり。
宮は例の大内記道定を呼び出すと宇治へ赴くための工作を言いつけたのです。
道定はまたもや厄介なことを、と顔を顰めましたが、こうなってはもう後には引けません。
いろいろと工作を施して宇治へと無理にお出掛けになりました。
山に分け入るにつけても追うように降ってくる雪が視界を塞ぎ、足を取られます。
大内記道定もいまやそれなりの地位を得ておりますが、そんな貴族が粗末な衣に身をやつして裾を捲りあげながらの道行きは常のことではありえません。
 
右近はこの日に宮が訪れるという手紙はもらっておりましたが、まさかこの雪深い有様に来られることはあるまい、とのんびりと過ごしておりました。
よもやこの雪道をお越しになるとは。
下人がその旨を伝えてきた折には、右近は浮舟君の元へ走りました。
「姫さま、宮さまはすぐそこまでいらしているということですわ」
匂宮を胸の裡から消し去ろうとしていた浮舟は大きく心を揺さぶられました。
喜びとこれ以上の罪を重ねる慄きはまたもや浮舟を弄ぶ。
複雑な気持ちを抱えた姫を取り残して右近は匂宮を迎える算段をするのです。
さすがにもう一人で宮を手引きするのには限界であると感じ、共犯者を作ることにしました。
それはこともあろうか侍従の君、姫の乳姉妹であるその人です。
侍従は乳姉妹といってもそれほど心ざまの深い女人ではありません。
加えて美しい殿方などに心を奪われる蓮っ葉で表面的なものしか求めない現代風なところがあります。
堅苦しい考えを持つ老女房や磴の立った中堅の女房なぞよりも秘密を共有するにはこちらのほうが右近にはちょうどよいということで、侍従の君にすべてを打ち明けて協力を求めたのです。
「まぁ、まさか匂宮さまがあの折にお越しになっていたとは」
侍従の君は驚いたようですが、どこか恋の為せるドラマチックな展開に胸を弾ませているようです。
「右近の君、姫さまはどちらの貴公子に御心を寄せていられるのでしょう」
「さぁ、それは何とも・・・」
「当代一と噂される二人の殿方に愛されるなんて夢のようなお話ではありませんこと?」
右近の君はこの侍従の夢見がちな様子に言葉を失いました。
まるで現実のこととも捉えておらず、物語のように思うこの娘に託してもよいものか。しかしながらすでに宮さまはそこまでいらしているのです。
「侍従の君、次第は御身の目で確かめればよいでしょう。今は浮舟さまの為に事をうまく運ぶことが先決ですわ。何しろ薫君に知られるようなことになればわたくしたちも辛い憂き目に遭いますわよ」
さすがにここまで言われれば、侍従の君も浮かれてはいられないことに気付くのでした。

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