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紫がたり 令和源氏物語 第二百七十四話 真木柱(五)

 真木柱(五)
 
世間には玉鬘の結婚は伏せておくように、と源氏は体面を慮って箝口令を敷きましたが、このようなことが隠し遂せるはずもありません。注目されていた姫君が右大将のものとなったことは好奇の目と共に噂となって広まっていきました。
面白おかしくあげつらう世の人々には恰好の話題となったことでしょう。
玉鬘が無理やりに奪われたということは明白なもので、世間にはよくある話ですが、まさか大臣の娘である邸奥に秘められた深窓の姫がこのようなことになるのは珍しいことなのです。
表面上は源氏や内大臣が認めた婿と取り繕われておりますが。
兵部卿宮はその噂を聞いて、もう二度と姫に会えぬ苦しみで泣き伏しました。
内大臣は突然のことで驚きましたが、もともと右大将が婿になってくれればと思っていたので、ほっと胸を撫で下ろしました。
頼もしい夫に愛され、大切にされた方が女としての幸せを得られると考えておられるのです。一時は源氏の愛人になったのではないかと心配したものの、源氏は親らしく立派に婚姻の儀も取り計らってくれたようでした。
このことに関しては源氏には大きな借りを作ってしまった内大臣ですが、大きな肩の荷がひとつ下りて、ほっと安堵するのでした。
 
男たちの思惑など何ほどのものでしょうか。
玉鬘は物も食べることができずに、やつれておりました。
以前は明るく笑っていた姫が塞ぎこみ、病んだように寝付いている姿を兵部の君や右近の君はいたわるように見守っているのです。
玉鬘はただただ悲しく、己の運命を呪っております。
兵部卿宮さまの趣ある心のこもったお手紙を繰り返し読むにつけても、もうこの雅な世界とは縁のない身となってしまったと悲しくて、源氏の懸想は心苦しく感じていたものの、朝夕の空の様子や季節の折々の情趣あふれる語らいが懐かしく感じられます。
武骨な髭黒の右大将はちょっとした風流心さえ持ちあわせていないのが玉鬘には耐えられません。
この人なりに愛の語らいなどがあれば姫の心も解かれたかもしれませんが、何分口下手で女人の心を斟酌できない御仁なので、子供をたくさん産んで下さい、幸せになりましょう、とこの言葉の繰り返しなのです。
そんなに子供が欲しいのであればわたくしでなくてもよいものを、と玉鬘が鼻白んでいるのにも気付かぬのです。
 
そうするうちにも日は過ぎて、近頃右大将は自邸にも戻らずに六条院に入り浸っております。
どこまでずうずうしいのかと、これもまた玉鬘が呆れる一因で、そんな右大将の行動は多くの人々を傷つけているのです。
右大将の北の方の父君、式部卿宮さまは娘が不憫でなりませんでした。
右大将が玉鬘姫を迎える為に邸を修繕させ、きれいに飾りたてている噂を聞くや、肩身の狭い娘を引き取ろうとこまめに手紙を送るようになりました。
北の方ももはやここで暮らしていくのを辛く感じ、まったく邸に戻ってこない薄情な夫を恨めしく呪っております。
右大将の三人の子供たちも不安で顔を曇らせておりました。
右大将は北の方が病気で子供たちの面倒をみられない分、父親として愛情を注いできたのでしたが、ここのところ自邸に戻ることも少なくなったので、子供たちは心細い思いをしているのです。
食べるものや着るものはあっても、それだけでは子供は育ってゆかぬものでしょう。姉弟たちはさびしげに寄り添いながら父の帰りを心から待ちわびているのでした。
右大将はけして子供たちのことを忘れたわけではありません。
邸に戻ると今まで通りに声をかけ、話を聞いてあげるのですが、六条院にて玉鬘姫に逢っている間はまるで夢の世界にいるような心地になってしまい、楽しいことだけにしか目が行かなくなってしまうのです。
あたかも竜宮城にて時を忘れた海人のように、まさに姫に溺れて周りが見えなくなっているのでした。

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