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紫がたり 令和源氏物語 第四十一話 末摘花(六)

 末摘花(六)

二条邸では益々才気煥発な紫の君が美しく輝いております。
同じ紅にしても紫の君の唇はなんと愛らしく清らかであることかと溜息をもらす源氏の君です。
仲良く絵などを描くうちにも、源氏はさらさらと髪の豊かな女性を描き上げました。
思い出し笑いをしながら、その鼻を赤く塗るとなんとも間が抜けた絵が仕上がりました。
「お兄さま、何故女の人の鼻を赤く塗るの?」
「いやなに・・・、そういう人もあろうかと思ってね」
いいや、まいったな、などと含み笑いを続ける源氏を紫の君は不思議そうな顔で見つめているのでした。


年の暮れに大輔命婦が源氏のいる桐壷へとやってきました。
何やら冴えない感じでもじもじときまり悪そうです。
「故常陸宮の姫からのお文でございまして・・・」
「なんだ、遠慮することではないではないか」
源氏が命婦から手紙を掠め取ると、陸奥国(みちのく)紙の厚ぼったいものに香だけは十分に焚き染めた野暮ったいものでした。

 から衣君が心のつらければ
    袂はかくぞそぼちつつのみ
(あなたの御心が辛いので、私の袂はずっと涙で濡れているばかりです)

源氏が心当たりなしと首をひねるので、命婦は仕方なく重々しい古い衣装箱を差し出しました。
「何しろ“衣”というと“唐衣”と続けなければならないと思われるほどに融通の利かない姫ですので・・・」
命婦はまだ歯切れの悪い様子です。

それは元旦に源氏が身につけるための衣装のようでしたが、そういったものを整えるのは正妻(葵の上)の仕事なので、これは差し出がましくも見当はずれな行動ということになりましょうか。
それで命婦は困惑していたのです。
衣装箱を開けてみると、やたら紅を強調した光沢もない装束が一揃え、源氏は文にしてもこの装束にしても気の利かない姫らしいと思いました。
「こういうものを(文も装束も)恐れ多いというものだねぇ」
冗談めかして言うので、命婦も思わず吹き出してしまいました。
源氏はこんな生真面目な姫だからこそ見捨てることもできなくて、大きな心でまめまめしくお世話するしかあるまいな、と口の端に笑みを浮かべます。
これも亡き常陸宮さまの引き寄せた御縁だと思うほかありません。

翌日命婦が台盤所(だいばんどころ)にいるのを見つけた源氏は、
「やれやれ返事には気を遣ったよ」
とにこやかに文を渡しました。

 あはぬ夜をへだつる中の衣手に
   重ねていとど見もし見よよや
(逢わない夜が多いのに、間を隔てる衣を贈ったりして、更に一層逢わない夜を重ねようというわけですか?)

そして姫には山吹襲(やまぶきかさね)の立派な装束を一揃え贈ったのでした。

 くれないの花ぞあやなくうとまるる
   梅(むめ)のたち枝はなつかしいけれど
(紅い花を見ると赤い鼻が思われて、訳もなく嫌になるものだ。紅梅の立ち枝は美しいけれども)

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