変形しそうなくらいすき
「変形しそう」と思うほど、誰かを好きになったことはありますか?
すきですきで変形しそう
帰り道いつもよりていねいに歩きぬ
/ 雪舟えま
まるで、とりはだが立つような衝撃だった。
好きすぎて苦しいとか陳腐なことならぽんぽん言えど「変形しそう」だなんて、わたしには思いつきもしなかった。
しかし、激しくわかるのです。
目に見えないからだの中身のどこかは絶対、もう大変に変形してると思うのだ。
全部ぜんぶ、わたしのすきな人のせい。
ねじれてよじれてかたちをかえて、にっちもさっちもいかないくらい。
と思うんだけど、当の気持ちはとどまることを知らないために、どんどん変形をくり返す。
それを抑えるように、なだめるように、ていねいに歩く帰り道。
そのとき目に映る景色や心情が、まるで手に取るように浮かんでくる気がしてしまう。
たぶんわたしはうつむいて、ぎゅっと唇をかみしめている。
ていねいに歩く帰り道はでも、きっといつもより早足で、それはどうしようもなく高まる気持ちに蓋をするためなんだけどうまくゆかず、ああすきですきで叫びたいくらいすきなんだと爆発しそうになっているんだろうなあ、
踏みしめるようにして一歩ずつ、アスファルトの地面が流れていく。
短歌が好きだ。
言えそうで言えない、考えたこともなかったけどすごくわかる。
そんな三十一文字、魅惑の世界。
短歌のそういう側面は、キャッチコピーにも通じるのかもしれないな。
小説にしてもそうなのだけど、わたしが好きなのは圧倒的に女性歌人、そして恋愛の歌が多い。
特に、性愛の歌をたくさん詠んでいる岡崎裕美子さんが好きなのだけど、中でもいっとう惹かれるのがこの歌だ。
体などくれてやるから君の持つ
愛と名の付く全てをよこせ
/ 岡崎裕美子
これまたすごいインパクトだった。
はじめて目にしたのはツイッターだったか。あまりの衝撃に、数日間はこの三十一文字が頭の中を回り続け、いやーすごいなあと阿呆みたいに何度も文字をなぞっていた。
あくまでも「容れ物」としての体。
「くれてやる」「よこせ」なんて乱暴な言い方をしておきながら、その奥にあるのは懇願に近い切実な想いではないだろうか。
お願いだから。どうか、どうか。
なにそれ。すごい。
と、未だ阿呆みたいな感想しか出てこないのですが。大好きです。
はい、あたし生まれ変わったら
君になりたいくらいに君が好きです。
/ 岡崎裕美子
気持ちを伝えるための最上級が、わたしは未だ思いつかない。
どうしたら今思うこと、正しくぜんぶ伝わるのかがわからない。
お風呂場でからだを洗っていたら、左のふとももと床の間に大きなシャボン玉ができてすごかったよとか、そういう話がしたい。
腕の中にできる特別な空間も、高い体温も鎖骨のくぼみも伸びかけのヒゲも、今だけは全部ぜんぶわたしのものなんだって、大声でそう言いたい。いつかそうじゃなくなる日が来るんだとしても、今この瞬間は間違いなくわたしがそこにいるんだって、痛いほど切実に強くおもう。
そんな想いを究極に突き詰めたら、この歌みたいになるのかもしれない。
今は別々の人間だからどうしようもなくて、だから次に生まれてくることがあるのなら、あなたがあたしかあたしがあなたのどちらかがいい。もう、それしかない気がするのです。
あたしってどうやって生きてたんだっけ?
あの日あなたと知り合うまでは
/ 加藤千恵
激しい既視感。これは、考えるまでもなかった。
あたしあなたと知り合うまで
何をして生きてきたんだろうか?
/ かばん / aiko
やっぱりそう思いますよね! という気持ち。
莫大な想う時間も、過ごす時の長さもすべて。
いつどこで誰といたってあたしだけ
2センチくらい浮いてる気がする
/ 加藤千恵
ついてない びっくりするほどついてない
ほんとにあるの? あたしにあした
/ 加藤千恵
投げつけたペットボトルが足元に
転がっていてとてもかなしい
/ 加藤千恵
みっつめは「言えそうで言えない」のすごくわかりやすい例だと思う。
誰しもが経験したことのあるような、あるいは既視感のあるような光景を切り取って、三十一文字に収めてあげるとそれはたちまち作品になるのだと。
かっこわるいのも汚いのも、なんてことのない日常のワンシーンが意味を持って輝き始めるなんてほんとうにすごい。
エッセイにも通じるところがありますね。
日々の糧を作品に。
日常や感情を昇華してかきとめる。
感じることや書くことに日々翻弄されまくり、ぐらぐら揺れながら生きている最近なのだけど、
それってやっぱりすごく素晴らしいことだなあ、と改めて思ったのでした。
迷いながらぶつかりながら揺れながら
過ごした日々をいとしく思う
/ 加藤千恵
十代にもどることはもうできないが
もどらなくていい 濃い夏の影
/ 小島なお
わたしは思い出を、過去を食べて進んでく。
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