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ブラックジャックの夜・1

成田空港へ向かうリムジンバスの中。「この旅はわたしの人生の分岐点になる」そんな言葉が浮かんで、涙がこぼれた。まだ始まったばかりなのにびっくりした。 どうってことのないことばかり。でもとても大切な旅の記録。2016年1月のこと。

ブラックジャックの夜・1

オーロラは夜の空に現れる。
オーロラを見ることがこの旅の最大の目的。となると、夜の時間を一期一会のオーロラのためだけに存分に使うことができるように、昼夜逆転の合宿生活がはじまった。
昼夜逆転、とは言ってもそもそもアラスカは限りなく北に位置しているので、昼間の時間が極端に短い。
1月で日の出は10:30頃、日の入りは15:30くらい。日照時間は5時間程度なのだ。しかも、太陽の位置は低め安定なので、晴天といえどもなんだかぼんやり・どんよりな雰囲気の日中となる。

わたしたちの合宿生活の1日の過ごし方はだいたいこんな感じだった。朝食を10:00~10:30くらいに取り、一度お昼くらいまでのんびり各自の部屋で過ごして、午後に車で20~30分くらいにあるフェアバンクスの街中に出かけ、買い出しをし、ちょっと観光もし、ロッジに戻って夕方、早めの夕食をとり、またいったん解散。
21:00くらいから、ネットで「オーロラ予報」をチェックしながらその時を待つ。当日の天気にもよるが、観ることができそうな予感があれば、22:00くらいから本気で、「待機」を開始する。
そして、夜中の3時くらいに就寝。

2日目の夜だったか。
自称小金持ちのおじさまが、スーパーで購入したトランプとプラスチックのコインをおもむろにテーブルに広げた。
「よし。待っている間にベガス仕込みのブラックジャックをレクチャーしてやろう」

おじさまは何せ、小金持ち。
ラスベガスのカジノでの「本当の遊び方」についても経験と知識が豊富。
ベガスにあるホテルの収益のほとんどを占めるのはカジノの売上だから、デポジットでいくらかを支払えば、部屋のアップグレードはいとも簡単、飲食も自由になる、という庶民のわたしからすれば、たじろぐような裏技も、トランプを切りながらさらっと話してくれる。

かくしてオーロラが現れるのを待つ間、長い夜、静かなロッジの中でおじさまのブラックジャック教室が開かれることになる。

ブラックジャック。
親から配られたカードの合計が「21」になれば「ブラックジャック!」と声を上げて勝ちが決まるカードゲーム。絵札は「10」扱い、エースは「1」としても「11」としても、自分の都合のよいようにカウントできる。
「21」にならなくても、親の持つ手札の合計よりも21により近ければ、勝ちとなる。
カードが配られる前に、プレイヤーはコインをビットする。
勝ち方によっては、コインを倍にできたり、保険をかけたりすることもできる。これが基本の遊び方だ。

おじさまは、日本からファーストクラスに乗せて持ってきた、ポータブルのBOSEのスピーカーにiPodをつなげた。ボリュームは既に調整済み。準備万端、ノリノリだ。
ちなみにiPodには、6,000近い数の曲が入っている。シャッフル設定にすると、AKBの「あいたかった」の次にサザン、お次はオペラ、かと思えばユーミンの「卒業写真」、はたまたわたしが知らない、20代の男の子が夢中になっているっぽい今どきのグループの曲、と猫の目のようにくるくる音楽が現れる。どの曲にも、歌ったり、ハモったり、ノリノリ。
なんなんだろう。このひとの、とどまるところを知らない好奇心の広さは。
これを器とよんでいいのかわからないけど、器のでかさ加減は、なんなんだろう。私は思う。
還暦間近であることをネタにしているおじさま。
恐るべし。でも嫌な感じがしない。むしろ、ステキだと思った。

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写真はロッジの敷地の風景。2016年1月。

ちょっとおいしいおやつが食べたい。楽しい一杯が飲みたい。心が動く景色を見たい。誰かのお話を聞きたい。いつかあなたのお話も聞かせてください。