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映画「ひとよ」で感じる母の覚悟とカタルシス。
「正しいこと」を言う人が嫌いだ。
たとえば、「人殺しは良くない。」
そんなことは聞かなくてもわかっている。
ただしこの映画「ひとよ」のような状況だったら、果たして「人殺しは良くない」だけで片付けられるのだろうか?
(C)2019「ひとよ」製作委員会
※このレビューは本作のストーリーそのものには触れていませんが、劇中のシーンやセリフに触れている部分があります。
飲んだくれて暴れる酒乱の夫。
毎日毎日繰り返される子供たちへの壮絶な暴力。
そしてある日、
子どもたちを守るために母は夫を殺した。
夫の両親が亡くなるまで、ずっと我慢して
ついに決行した。
これで子どもたちは自由になれる。
何にでもなれる。
そう言い残して警察に出頭した母だったが、
その後の彼らの生活は想像以上に凄まじく、苦しいものだった。
しんどい思いをしても、母さんは母さんだ、という長男。
やるせない思いを抱えながらも、母の帰りを待つ娘。
母のせいで人生が狂ったと恨む次男。
そんな3人のところに15年ぶりに戻ってくる母と、周りの混乱。
母親がどうあるべきだったか、というのは正解がない。
何も殺さなくても、逃げればよかったのか、はたまたこの理不尽な暴力に満ちた終わりの見えない毎日を耐え抜くべきだったのか。
わたしはこの母親も、子どもたちも責められない
殺人は良くない。
そんなことは百も承知だけれども、やはり私は、この映画の中の母を断罪する気にはなれない。
もしかして私でもこういう選択をしてしまうかもしれないと思うほどに、子どもを守りたいと言う気持ちが強いからだ。
すべての母親がそうだとそうかどうかわからないが、わたし自身、自分の子どもを持ってみて驚いたことの一つに、自分の命より大事なものが存在するということがある。
だからこそ、子どもに理不尽な暴力をふるい、子供たちを傷つける夫と言う存在は許せない。夫は自分が選んだのかもしれないけど、それでも結婚すると多かれ少なかれ結婚相手は豹変するものだ。
ずっとずっと考え続けて出した結論だったんだろう。
そうでない結論の出し方や、解決の仕方もたくさんあるだろうが、殺してしまうような状況に追い込まれる気持ちも分からなくは無いから、この母親がひどいなんて言えない。
だからといって、ここまでして自分たちも自分たちを守ってくれたのだから、子どもたちは感謝すべきだ、とも思えない。
殺人犯のみならず、犯罪者の家族は悪意の第三者から徹底的に叩かれる。加害者の家族をテーマにした題材の作品も観たことがある。
大変なのは残された身内だ。
特に今回に関しては、子どもたち。
自分は何も悪いことをしていないのに、家族が何かをしただけで徹底的に叩かれるのだ。母は、そうするしかない、と思っての行動だっただろうが、幼い子どもたちがそんなことに理解を示せるかどうかと言えば、まず無理だろうし、大人になってからも頭では理解できても感情の処理ができないことは容易に想像できる。
本作では、そんな、守られたはずで、残された子どもたちのやり切れない感情のぶつかり合いがあり、思わず涙をこぼしてしまう。
母は、刑務所から出てからも、約束の15年目まで、さまざまな土地を転々としていたようだ。その間にも、よほどの葛藤があったんだろうと想像できる。
そして子どもたちの母が戻ってきた喜びと戸惑い、恨みや憎しみ、そして悲しみ、すべてが入り混じった葛藤も。
個人的な話だが、私は未だに自分の父を許せていない。
暴力は振るわなかったものの、フーテンのような生活でお調子者、感情の波が激しく八つ当たりされないかビクビクしていた。いつ帰ってくるか、いついなくなるかもわからぬ自由さで、当然お金にも困った。
そんな父のそばでさんざん苦労させられた母を見ているし、だからどれだけ親のガチャをガチャを外したから親ガチャが外れたことで、どれだけこっちが迷惑を被るのかを知っている。
家族と言うのは選べるものではなく、生まれるときのガチャみたいなものだ。確実に出生時のガチャにはあたりとハズレがある。国として清潔で安全な日本に生まれたのは、まだ当たりなほうかもしれないが、親もまた運ゲーである。
家族というのは選べない。唯一選べるのは結婚相手なのだが、なぜか選んだときに思ったのと全然別人になってしまうことが多々あるのが皮肉なところ。
そして親子はもう完全なガチャの運ゲーだから、選べない。出てきたものと暮らすしかないのである。そして生まれたときから一緒に暮らす以上、子どもからすればその家族に愛されたいと思うのは自然な感情だし、親だって、できるかできないかは置いといて、可能であれば愛情を注ぎたいと思うケースがほとんどではないだろうか。
その愛情表現の方法を教わっていなかったり、人によって愛情表現の方法が違うため、その愛情が正しく相手に伝わるかどうかというのは全くの別問題で、ほとんどの肉親関係のもつれは、この「伝わらない愛情」に原因があるのではないかと思うほどだ。
ただ、ストレートな愛と言うのはどんなに不器用な形であっても存在しても、それがきちんと伝わることがすごく難しいのだなと思わされる。
圧巻の俳優陣と、白石和彌監督のリアリティ
とにかく俳優陣がすごいので、期待も大きかったのだが、その期待を裏切らない作品だった。
本作では夫を殺す母を田中裕子が演じている。不器用で、まっすぐで、そして茶目っ気があって、暗いストーリーにも暖かい空気をまとわせる力がある。ブレずに自分を貫く強さがありながら、見えないところで苦悩の日々を過ごしたであろう裏側まで想像させる圧巻の演技。
そして吃音のある長男を鈴木亮平、美容師の夢をあきらめ水商売をしている長女を松岡茉優、母を許し切れずにいる次男を佐藤健が演じているが、この3人もまた素晴らしい。
俳優が素晴らしくても、俳優を無駄遣いしてしまったような作品がときどきあって、(いのちの停車場のように)今回はどうかと思ったが、本当にみな素晴らしかった。
豪華キャストのもったいない使い方「いのちの停車場」
白石和彌監督は、俳優の良さを引き出すことに長けているのかもしれない。すごみのある俳優を、さらにすごみを出して使い切っている印象だ。
本作と同じ白石和彌監督の「孤狼の血」もそうだった。
ちなみに、本筋とは少し離れる、佐々木蔵之介演じる「どうしたさん」のエピソードもまた秀逸なサブストーリーとして泣かせられる。
ねじれた人生の巻き戻し方
なんだか間違ったほうにばかり進んで、気づいたらとてつもなく、ねじれてしまっている人生。ねじれすぎてしまった人生は、本当にいったいどこから巻き戻せばいいのかがわからなくなってしまう位ねじれてしまっている。
親ガチャを引くところからやり直すのでは、自分の人生をまるごと否定することになってしまうし、けれども、どこで間違えたのかもわからない。
そんなふうに陥ってしまっている人も実際に多いんだと思う。
だからこそ、母は迷ってはいけない、
と本作の母は思ったのかもしれない。
自分が迷えば、子どもたちが迷子になってしまう
自分が母親になってみて、まっさらの子どもを育てるとなったとき、経験値もないわたしがどうやってこの子を育てるのだ、と恐ろしくなった。
育児は後戻りができない。だからこそ、正解がわからないけど、とにかく間違えないように育てようと何度も何度も考え、悩み、慎重に、これで良いのだろうかと自問自答しながらずっと育ててきた。今もそうだ。
母がどうあるべきかと言うのは正解がない問題だ。
そして母が正解だと思う育て方をしたからといって
子どもは思い通りに育たない。
だからこそ、ある時点で、母親は迷いを捨てなければならないのだ。
自分が間違っていたとしても、間違っていないといわなくてはいけない場面がある。
迷いに迷って、悩みに悩んだその結果、母が腹をくくって、そして自分に覚悟を決めさせるために言わなくてはいけない場面があるのだ。
そんなシリアスな設定ながら、本作で田中裕子演じる母は、覚悟の末に夫を殺し、服役を終えて帰宅したものの、どこかユーモアを感じさせるキャラクターだ。
佐藤健演じる、次男のエロ本万引き事件のくだりは、
ネタバレするにはもったいないほど良いシーンなので、ぜひ実際に観ていただきたい。
その伏線がつながり、暖かい気持ちにさせてくれる。
ちっぽけでも、それぞれが必死に生きる「一夜」
親ガチャがどんなにひどかろうと、
その中で、その状況の中で、どう生きるか。
本作の登場人物たちも、理不尽な場所に置かれながらも、必死で生きている。やさぐれながらも、どうにかねじれを直したいと感じながら、毎日を生きている。
酒乱の暴力をふるう父と、その父を殺した母を持つ子どもたち、そしてその母にとっては、「その日」は特別な夜だったのかもしれないが、他の人にとっては「ただの夜」なのだ。
そうやって人はそれぞれ必死に生きている。
やるせない絶望と隣り合わせでも、ひとすじの希望が見える瞬間もある。
そう思うと、自分もちっぽけながらこの場でやれるだけやってみよう、という希望さえ湧いてくる。
誰にでも必ずあるであろう「親子」の物語。
本作でのシチュエーションはかなりハードだが、根底に流れているのは「親子」そのものだ。
観るものそれぞれの状況は違えど、親からの視点、子からの視点、で少なからず心の琴線に触れる瞬間があるような気がする。
劇場公開時に映画館で鑑賞し衝撃を受け、
今回、ネットフリックスで公開されたので再度鑑賞したが、
やはりいろいろと考えさせられる映画だった。
重いテーマだがユーモアや温かみもあり、観た後に自分の心の底にあったわだかまりみたいなものが少しほぐれるような、一種のカタルシスのようなものを感じることが出来る。
「ひとよ」
「一夜」
「人よ」
どちらにも取れるタイトルの本作、ぜひ一度観てみていただきたい、おすすめの作品だ。
本日もお読みいただきありがとうございます!
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