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4度の膝の手術。2度の戦力外通告。わたしには、人生の大逆転ストーリーを描くための題材は十分に揃っているのだ。

元ガンバの嵜本選手を知っているだろうか。

現在、株式会社SOUの代表取締役をしてらっしゃる方。

ガンバから戦力外通告を受けて、その後ビジネスを始め、

7年でマザーズ上場!

(上場とかあんまり私もよくわかってないけど、とにかくすごいこと)


その選手が今年、本を出したね。


何かで、この嵜本選手のことを知った時、

「これだ!」と思った。


セカンドキャリアをガンガンに充実させ、

自分の人生を堂々と生きている。


サッカーで成功できなかったからって、何も後ろめたさがない。

(多少はあったと本には書いてあるが、切り替える力がすごい)


私も3年以内に『戦力外なでしこ 人生大逆転』みたいなのを出すから、

その時は一人10冊くらい買ってくださいね。てへ



そう、注目すべき点は、

わたくし、吉野有香は、大逆転の可能性を得ているということです。


私は、非常に苦しく、厳しいサッカー人生を送りました。

高校くらいから、かな?サッカーが怖くなったのは。

イジメられているように感じたのは。

でも、そんな中でも、私は強く願っていた、「なでしこリーガーになる」と。


サッカーがあまり上手ではなくても、夢は叶うんですね。

高校卒業後、ありがたいことに小さい頃からの夢だった

「なでしこリーガー」になれました。


誰が導いてくれたか知らないけど、道がサーっと開けました。

(わたしの無意識的な部分に感謝をしたい)


しかし、

そこからが本当の地獄の始まりですよ。


卒業後、なでしこ入りが決まった高校3年生の10月20日、

左足前十字靭帯断裂。

手術が必要、全治8ヶ月の大怪我。


絶望的だったか?といえば、そんなことなくて。

実はこれと同じ怪我をこの後、2回やるから、

一番初めに断裂した時の心境は、3回目の絶望感には勝てなかったようで、

残念ながら、記憶にない。笑


そんな、なでしこ生活のスタート。リハビリの日々でした。

さらに2年目には再断裂で再手術。

そして最後には半月板まで痛みが出て、摘出手術。

(サヨナラ半月板)


なでしこ3年目のシーズンが終わった頃、

「戦力外通告」を受けました。


そりゃ3年間ずっと怪我でサッカーできない選手を置いとくわけにはいかないよね。

むしろ3年間も在籍させてくれてありがたかった。



わかってはいるものの、本当に苦しかったし、

本当に涙が枯れるまで泣いた。枯れたかはわからないけど。


あの時そばに、チームメイトや大学の友達がいてくれなかったら、

本当にどうなっていたかわからない。


私たちにとって、「戦力外通告」とは、「不要」の言い換えだ。


残酷だなぁ。



心に、言葉では言い表せない感情が生まれた。

文章にしたくても、うまく書けない。

暗闇に覆われ、孤独で、もう涙も出ない。

そして、何にこの感情をぶつけたらいいのかわからない。

自分への苛立ちがこみ上げてくるのだ。

後悔が押し寄せるのだ。


息ができない。光の届かない海の底にいるような、そんな感覚。





そこからの、移籍。

なでしこ2部のチームの監督に拾ってもらった。

その監督には本当に感謝している。

あ、最初のチームの監督にも、すごく感謝している。

わたしのような怪我選手を置いててくれて、本当に感謝してもしきれない。



移籍した最初のシーズン、スタメンで試合に出ることができた。

流石にピッチに立った時、足が震えた。泣きそうだった。(多分泣いてた。笑)

緊張しすぎて試合開始の15分くらいは何も覚えていない。


そのシーズンは、点を取ることもできた。

わたしの得点で、仲間が、チームが、サポーターが喜んでくれた。

なんて素晴らしい瞬間だろう。


「たくさんの辛いことを乗り越えてよかった。」

「辞めないでよかった」そう思えた瞬間だった。



でも、また試合に出られなくなった。

ここからはわたし自身の問題「実力不足」だ。

認めたくないけど、認めなければならない。

受け入れなければならない。

まだその頃のわたしは、自分のことを客観視することなんてできなかったけど。


だけど、サッカーができない悔しさ、虚しさよりも、マシだった。

ボールを蹴るという、普通のことが、できたから。




そして、監督が変わり、わたしはまたレギュラーの座をつかむ事ができた。



しかし、シーズンに入る前の練習試合。

姫路独協大学との試合。


また、やらかしてしまった。

今度は逆足、右膝前十字靭帯断裂。


もうこれは、痛いってもんじゃない。

靭帯が切れた瞬間、全て頭に浮かんだ。


手術後の激痛。

苦しい8ヶ月。

サッカーというスポーツが怖くなること。

自分というプレイヤーが一体何をしたらいいのか、全くわからなくなること。


さらに、孤独な日々が続くこと。


「生きる」って何か、よくわからなくなること。





全部、全部、全部知っている。

もう2回も経験している。


またあの地獄のような日々を過ごすのか。

断裂した瞬間、「もうあんなの嫌だ!」と、

叫んだことを今でも鮮明に覚えている。



助けてくれる人はいる。

でも、代わってくれる人はいないのだ。




でも、わたしは諦めなかった。

また8ヶ月耐えた。

サッカーが好きだから、サッカーがしたいから、ただそれだけだった。

仲間の存在も大きかった。


「もう無理だ」と思うこともなんどもあった。

ぶっちゃけ、逃げたこともある、サボったこともある。

精神的におかしかった時期もある。




でも、わたしは、復帰をした。



でも、私たちは復帰がゴールではない。


復帰というものは、ただのスタートラインだ。


8ヶ月頑張ってきたはずだった。

でも、大好きで楽しいはずのサッカーが、全然楽しくないのだ。


「わたしってこんなことも出来なかったっけ?」

そんな言葉ばかりを、自分に問う。


結局そのシーズンも、最後まで何もできなかった。

自分が誰だかわからなかった。




苦しかった、本当に。





そして、最後にまだある。


「戦力外通告」


人生で2度目の戦力外通告を受けることとなった。

GMから告げられ、チームの事務所を出た。




街中を、泣きながら歩いた。

何も考えられなかった。


サッカー人生が終わる。そんな事を想っていた。


もう移籍は考えていなかった。


母に電話した。

一番支えてくれた人。一番期待してくれた人。


サッカーから離れることを、許して欲しかった。


母は、

「いいよ、いいに決まってるでしょ。お疲れ様。」

と、電話越しに優しく包み込んでくれた。

母も少し泣いていた。

それでまた、

涙が止まらなくなった。






・・・・これがわたしのどん底ストーリー。


なでしこジャパンを夢見て小さい頃から過ごしてきたけど、

何もできずに無名で終わっていった一人の女性の話。





でもね、想像してみて。

そんな女性が、何か違った形で、日の丸を背負っていたら。

バロンドール澤選手と肩を並べていたら。

違う分野で大活躍して国民栄誉賞をもらっていたら。

書いた本がベストセラーになったら。



すごく素敵なストーリーになると思わない?




そうなの。

わたしには、もう揃っているの。

人生の大逆転ストーリーを叶える出来事が。



そう考えると、人生捉え方で、何もかも変わってくる。


わたしに起こった出来事が、もしかしたら不幸と思える人もいるかもしれない。


でも、ここからわたしが大逆転したらどうだろう、

あの経験があったからだ。と思うに違いない。



角度を変えれば、人生を面白くするのは可能。

デザインするのは可能なのだ。





戦力外通告を受けた選手、ベンチ外でなかなか試合に出られない選手!

イイネ!!!笑

後は大逆転して、大成功して、

ストーリーを完成させるだけじゃないか!!!



と、わたしからエールを送ります。


さぁ、一緒に世の中ひっくり返そう。




ゆか

吉野有香 Yoshino Yuka
元なでしこリーガー、サッカー指導者、メンタルコーチ 

ただのサッカー大好き人間です。
女子サッカーを盛り上げて、いつか女子サッカークラブのオーナーになることと、女子サッカー応援番組を持つのが夢です。本気です。

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