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パンデミック中の訪問の意味―菅政権に求められる東南アジア外交(下)

昨日投稿したなぜ日本に厚い「信頼」を寄せ、パートナーとして「期待」するのか ー菅政権に求められる東南アジア外交(上)では、日本が東南アジア地域からの高い「信頼」があり、地域の国々から、中国でも米国でもない第三の戦略的なパートナーとして期待を高めていると述べた。

(下)を執筆している間に、菅総理のアジア訪問が発表され、タイミングがぴったりだったようだ。総理訪問の重要性については、後程述べる。

さて、日本は米中と異なり、軍事的・経済的リソースにも限界がある。

増え続ける社会保障費により、財政は圧迫され、金銭的なリソースにも限りがある。また、安全保障面の協力は進化をしているものの、憲法や法律面及び、財政的・人的・政治的制約も受け、地域における役割を拡大することはそう簡単にできることではない。

日本は限られた外交資源を使ってどのように効果的な外交を展開し、魅力的な第三のオプションとしての存在感を高めることができるだろうか。

緊急事態でも寄り添う

まずは、地域が日本に抱いている「信頼」と「期待」と丁寧に向き合い、着実な外交を続けることだ。

例えば、新型コロナウィルスのパンデミック中、日本は地域とどのように向き合ってきただろうか。

パンデミックが世界で急速に拡大した3月及び4月頃、少し早く収束に向かっていた中国が世界規模な「マスク外交」を展開し、連日各国メディアに取り上げられていた。

一方の日本は、4月頃からウィルスの第一波が訪れて緊急事態宣言が出されるなど、外交を精力的に行うことができるような状況ではなかった。

さらに、国内では、安倍政権が各世帯に配布した二枚のマスクも「アベノマスク」と揶揄され、総理が自粛要請を呼びかけるためにツイートした星野源氏との動画も炎上し、安倍元総理の支持率が急落。政権としても、国内対応最重視の姿勢を取らざるを得なかったことが予想される。

しかし、予算の分析や、外交の動向をみると、パンデミック中も、日本にとって戦略的・経済的に重要な東南アジア地域に対しての支援を続けて、短期的にも、中長期的にも、中国の地域における影響力拡大に対応するための布石を打ってきたことがわかる。
第一に、東南アジア条約機構(ASEAN)としての対応力を強化する支援を首脳レベルで行ったことだ。

4月14日には、議長国であるベトナムの要請で、新型コロナウィルスに関するASEAN+3特別首脳テレビ会談が行われた。

安倍総理はそこで以下の旨を述べた。

事態を収束するためには,ASEAN及びアジア地域における協力の拡大がきわめて重要であること,また,その前提として,自由,透明,迅速な形で各国が持っている情報や知見を共有すべき
ASEAN感染症対策センターの設立等,強固な連携を通じ,国境を超えて感染が拡大しているウイルスと対峙すべき

中国が二国間のマスク外交を活発に行って被支援国で影響力を高めようとしていることが懸念される中、多国間枠組みであるASEANの対応力を強化させる感染症対策センターの設立を提案したことには、一定の意味がある。

また、特に対中警戒感の強い、「議長国ベトナムの呼びかけ」ということから、緊急時に日本のプレゼンスが求められたとも考えることができる。日本は、自国の対応に追われながらも、なんとか地域で存在感を発揮することができたと言えるのではないだろうか。

第二に、パンデミックによる経済への打撃を和らげる目的で行った、2491億円の新型コロナ緊急支援円借款が挙げられる。日本政府は4月に採択されたの補正予算に早期に組み込んでいたが、4月の時点では報道が少なかったように思われる。7月以降、フィリピン、インドネシア、ミャンマーへの支援が決まり、地域諸国から日本の支援は歓迎され、感謝されている。

また、新型コロナウィルスによる経済へ打撃に対応するため、菅新総理も25日の国連総会で、二年間で最大5000億円の緊急円借款を行う発表を行っていることから、今後も重要な外交ツールとして活用されることが予想される。

三つ目は、地域のサプライチェーンの強靭化だ。パンデミックによって人・モノの交流が制限される中、ライフラインとなるマスク、防護服、医薬品などや製造業を支えていたサプライチェーンが途絶えた。多くを中国に依存していた日本も打撃を受けた。

一方、日本は4月時点で2200億円を補正予算に組み込み、中国から国内に産業拠点を「回帰」させる支援がスピード感ある形で検討された。さらに日本は国内回帰のみならず、日・ASEANのサプライチェーン強靭化を目的とした予算も、235億円文盛り込まれていたことにも注目したい(経済産業省の補正予算に「海外サプライチェーン多元化等支援事業」)。7月には一次公募が行われ、124件中30件が採択された。

各国で産業拠点の自国への回帰や保護主義が進む中、日本は、地域としてサプライチェーンを強化するなどの対策を取り、「自由」で「開かれた」ルールに基づく自由貿易体制を推進してきた国として、危機においてもその理念を貫き、地域連携を維持させようとしてきたのだ。

新型コロナ中の茂木大臣訪問のインパクト

茂木大臣は、8月12日から15日にかけてシンガポールとマレーシアに、そして20日から25日にかけて、パプアニューギニア、カンボジア、ラオス、ミャンマーを訪問した。

緊急事態においても、中国でも米国でもなく、日本の外務大臣が直接現地を訪問し、対面外交を行ったことで、日本の地域における「本気」を見せることができたのではないか。パンデミック後地域を訪れた初めての外務大臣として、歓迎され、日本の取り組みについて感謝された。

​そして、本日の新聞では、菅政権がベトナムとインドネシアを来月末に訪問することを検討しているという報道が出た。パンデミック中に総理が初めての訪問先としてベトナムとインドネシアを選んだことは、強い印象を与えることになるだろう。

今後は、「面」を強靭化する外交の展開

今後、日本が地域の戦略的なパートナーとして期待されている役割を積極的に果たすために、菅政権にはどのような外交が求められるだろうか。

二国間の「線」外交を重視する中国に対して、地域が「面」として対応できる力を強化するための支援が重要になるだろう。

マスク外交にみられた中国の二国間外交、いわゆる「線」外交は、今に始まったことではない。国際政治上、大国は自国よりも小国をコントロールしやすいため、多国間より二国間による対応を志向することが多い。

日本も2010年に尖閣諸島沖漁船問題で、レアアースの一時禁輸措置が取られ、中国の地経学的パワーを行使された経験がある。いわゆる、「経済的恫喝(economic coersion)」だ。

南シナ海問題を巡っても、領有権を主張するフィリピンに対して、立場を変えるよう、同国の重要輸出産業であるバナナの輸入規制措置を取るなど脅したことがある。また、カンボジアなど中国と親密な国に手厚い経済支援を行うことで、立場の支持を得るなど、ASEANの一体性を挑戦している。

では、どのように「面」外交を積極的に推進できるか。その手段は二つある。

一つは、ASEANの一体性を維持・深化させるための支援。中国が「線」でアプローチする国々に対して、「面」で立ち向かう支援だ。

これは上記に述べたようにASEAN+3やASEAN外相会議、東アジア首脳会談(EAS)など、ASEANを中心とした枠組みのみならず、域内のより少数国との枠組みも重要になるだろう。

例えば日本が民主党政権の2009年以来首脳及び閣僚級会合を行い進めてきた日・メコン協力がある。来年は、日本開催という点で、インパクトある成果を今から仕込むことが求められるだろう。

二つ目には、価値を共有するパートナー国などを地域の枠組みに巻き込んで連携を高め、地域における中国の影響力を相対的に弱めることも挙げられる。

2016年に安倍政権が打ち出された「自由で開かれたインド太平洋」構想がその役割を果たしてきた。日本によって打ち出された外交構想が、現在では米国、豪州、インド、そして欧州の英国やフランス、ドイツ政府からも高い支持を得始めてる。

具体的な枠組みとしては、日、米、豪、印の四か国の戦略的枠組みが積極的に推進され始め、中国の海洋進出に対抗することが目指されている。

さらに、新政権誕生前にすでに動き始めているものとしては、9月に日本は、オーストラリア、インドの経済担当閣僚とテレビ協議をして合意された「サプライチェーン・強靭化イニシアチブ」が挙げられる。現在日ASEANを中心に行われているサプライチェーン強靭化の対策を、インド太平洋地域に拡大することで合意し、年内に取りまとめを行うことも決まった。

これは、従来、参加に懐疑的であったインドを巻き込み、東南アジアとの連携も強化させることで、RCEP締結を目指した地域の連携強化という意味でも重要な意味を持つ。

しかし、日本としては軍事・経済両面において、日米の強固な連携による地域外交を目指したいところだ。

アメリカを上手く引き込む形で、いかなる「面」外交を展開できるだろうか。

それは既存の東アジアサミットやAPECで足りるのだろうか。それとも米国との連携を志向するベトナム、フィリピン、シンガポールなどと、より少数国で新たな連携の枠組みが必要だろうか。

どのような新しい効果的な「面」を作ることができるだろうか。

国内の産業界、米国、及び地域のパートナー国など、様々なステイクホルダーとの協力やブレインストーミングによる創造力豊かな外交を期待したい。

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