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【ゆる批評】婚活市場と専業主夫 山崎ナオコーラ『リボンの男』から

文藝2019年秋号、「韓国・フェミニズム・日本」特集。
中身を完全に熟読できているわけではないが、フェミニズム小説『82年生まれ、キム・ジヨン』の日本国内における盛り上がりもあって、先進国であるにも関わらず東アジアという、特に女性への抑圧の大きい地域として国境を越えてフェミニズムを考える、という時宜を得た特集だろう。(何様?笑)

巻頭に、山崎ナオコーラ氏の短編小説『リボンの男』があった。

『リボンの男』

この短編小説は、専業主夫の妹子(これはあだ名。彼は男性である。)と書店員として一家を経済的に支えるみどり、幼稚園に通う息子のタロウという3人家族のお話。

プロットとしては、主夫であることを引け目に感じる妹子と、それをフラットに、論理的に受け流し、家族規範や経済的不安より自分のキャリアに真摯に向き合う妻みどり、そして昆虫や動物に興味を示すタロウのヒューマンストーリー。

ロスジェネ時代の婚活市場

近頃、「婚活」という言葉はある種の強迫性を帯びるようになってしまっているような気がする。(わたしだけかな…??)
婚活ビジネスは結婚相談所に限らず、成婚に関して不透明な部分の多いアプリにも広がり、婚活の勝ち組/負け組と傍観者がツイッターで論争とバズを続ける。

生涯未婚率上昇、男性の平均賃金の低下によって、おそらくは相乗効果的に「結婚できないこと=不幸」という観念の固定化がはじまっている。結婚を、善とする風潮が蔓延しているのかもしれない。(そもそもこの枠組み自体、異性愛中心主義だが。)

しかし、この小説で妹子とみどりが結婚相談所を介して知り合う場面は、フィクションだとわかっていながらも「いいなあ」と思うものだった。
ロスジェネ時代の妹子は、バイト生活をしながら友人達と90年代を懐かしみつつ、家庭を持つよりも、「ゆるいつながり」を大事にしながらモラトリアム的生活を楽しんでいた。

「先のことを考えるのやめよう。今に集中しよう」「かんぱーい」と飲み、二次会はカラオケに行って九〇年代を懐かしみながら小室哲哉や渋谷系の歌を歌いまくって、「これからも、家族より、こういうゆるい繋がり大事にして生きていこうぜ」と解散するのだった。

この展開から婚活、という流れだと、「待ち受けるであろう孤独な未来」想定で半ば強迫的な婚活を行うようなプロットになるのか…と思いきや、そうでもない。

妹子は、ふと「正社員でも結婚できるのでは」、「子供が欲しいと思っていたんだった」―そんな風に気軽に婚活への動機が発生し、結婚相談所に登録する。3人目に紹介されたのが、後に結婚するみどりだった。
妹子はたくさんの女性の「顔を見る」「選ぶ」「選ばれる」という作業にストレスを感じるつつも、自分が正社員でないことや双極性障害があることを論理的思考で、重く捉えない女性みどりとデートを重ねて結婚に至る。

みどり、という女性は外見にも無頓着なほうで、本や書店文化を好んで書店員という仕事に邁進する女性である。彼女は、『女は愛嬌』という父親から教え込まれた言説を疑問視して婚活用の写真を敢えて真顔のものにし、自分の高い年収も正直に書いた。
(ここで、多くの男性は共働きを女性に望む一方、女性の高すぎる年収には引いてしまう傾向にある、とさらっと書かれている。何とも、新自由主義的というか過渡期というか。養ってほしい女性に厳しい現実を突きつけるようでいて、一方男を超えるキャリアは嫌われるというパラドックスを辛辣に書く。)

みどりは、結婚市場においてフェミニニティーの無効化を起こしている女性だ。
脈々と受け継がれてきた文学における女性らしさの無効化、ジェンダー規範から逸脱する女性(使い古された言い方だと「新しい女性」)という人物像の特徴としては、「気が強い」とか「外見がボーイッシュ」とか。そういった類のソフトなものだっただろう。
みどりは、これとは違う。
みどりという女性は、「女性性」への抑圧やジェンダー規範への熱い思いからこのような行動をとっているわけではない。
単に、自分が働いた方が効率的で、妹子の病気は治療と観察なんとかなるものだから、というように極めて冷静沈着。「効率がいいから」というフランクな動機で、このような家族体制に納得している。

この価値観が、現代日本の婚姻体制はたまた婚活市場をめぐる言説には意外とかけているのかもしれない。

ある種、強迫性を帯びていて、結婚できる/できない、幸せ/不幸せをwinnerとloserに見立てる図式は、旧世代の価値観というよりも、昨今の婚活ビジネスとSNSにおける婚活、恋愛市場論争によって再度わたしたちのなかに擦りこまれていく。
しかし、この小説のように、結婚の着地点は「共生」であり、子育ての着地点は、情操、道徳、探求心を教育することなのだ。

この小説は、新自由主義時代における婚活やライフプランへの勝ち/負けへの過熱さを爽やかに冷まし、肩の荷を下ろした、冷静な結婚、家庭、ジェンダー価値観を創造している。

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