[第1部 被災](13)
このマンションから手を引け
「よう、」その年の5月下旬、週末の夜、阪急の夙川駅の改札を出るところで、僕は背中を叩かれた。振り返ると、瀬戸さんが珍しく幅広のスーツ姿で立っている。
「雨、降っとる?」と眼鏡の奥にある小さな目を神経質そうにくりくりと動かしながら上を指差す。
「ええ、少し」と僕は手持ちの紺の傘を広げた。駅前ターミナルにはタクシー乗り場があり、すでに家路を急ぐサラリーマンが列をなしている。
「三島君は自転車?」
「いえ。いつもはそうだけど、今日は朝から降ってましたか