[第1部 被災](5)
「オピニオン235」
春が過ぎ、梅雨の季節になった。
ある朝、玄関のポストに分厚い書類のようなものが差し込まれていた。みると、B4版の用紙に住民の何名かがマンションの復興に関する考え方を述べており、それを誰かが編集してコピーし、住民のポストに入れていったようだった。書類のタイトルは「オピニオン235」というもので、中味は、主に建替えを希望する人の意見が載っていた。理事会が発行したものではないようだった。最後のページに10名ほどの編集スタッフの名前が載っており、「沢田」という人が発行人だった。D棟の住民らしかったが、まったく知らない人だった。
「つまりこういうことだよな」と僕はその書類の束を食卓の上に置き、新しく買ってきたビールグラスに一番搾りを注ぎながら妻に言った。
「このマンションで、理事会とは別の、意思表示を持つ人達が動き始めてる。そしてその人達はおおむね建替えを希望している」
「理事会は逆に修復を望んでいるのかしら?」
「それはうわさだろ。勝手に人がうわさしている」
「理事会とこの人達はうまくやっていけるのかしら?」
「わからない。対立するかもしれないな。そうならなきゃいいけど」
何回目かの住民集会で、大山理事長は、これからこのマンションをどうすべきか、正式に住民総会を開いて意見を出し合い、決議する、ということを宣言した。どうすべきか、というのは、つまり「建替え」か「修復」か、どちらを選択するのか、ということだ。「建替え」の場合は、住民は皆一旦別の場所に引っ越し、マンションは壊して更地にし、そこに新しくマンションを建設、その費用は住民で負担する。もうひとつの「修復」の方は、今回の地震で傷んだ箇所のみを修理する。建替えほど費用はかからないし、住民のほとんどは引っ越さなくても済む、但し、マンションの資産価値はおそらくほとんど回復しないので修復費用は「金をドブに捨てるようなもの」という意見も多かった。また、マンションの壊れ方が場所によってはかなりひどく、建物を支える柱が坐屈しているところもあり、素人目にも危なっかしいという印象があり、「修復で果たして大丈夫か?」と安全性を疑問視する声もあった。
僕と妻は二人とも「建替え」を希望した。安全性についてはよくわからないが、資産価値については、我々が試算した範囲では、建替えのほうが、修復よりも高くつくことを補って余りあるほどの差が出るだろう、と考えたからだ。しかし自分たちの意見が固まっても、マンション全体としてこの問題に結論を出すのは容易なことではなかった。このマンションはA、B、C、D、Eの5つの棟から成る「連担棟」方式のマンションで、機能的には全体で1つの棟、といえる性格をもっている。例えば受水槽は5棟共同で使用しているとか、電気室が共用であるとかいうことだ。しかし登記簿には各棟ばらばらに登記されており、法的には5棟、ということになる。だから、そもそも投票を行って決議するにしても、それを「マンション全体」でいっぺんに決議するのか、それとも「5つの棟1つ1つで」決議するのか、それさえはっきりしなかった。決議ルールが決まらなければ、住民投票をしても無意味だった。
このことは、もうひとつ別の側面からも重要な意味を持っていた。この「西宮セントラルハイツ」は敷地内に占める建物の面積割合が比較的高く、空き地が少ないため、5つの棟のうち、被害が小さい棟は修復、大きい棟は建替え、といった融通が利かない、という問題があった。建築基準法上そうなってしまうらしいのだが、これがまた住民の選択の幅を縮めることとなった。5棟全棟建替えか、それとも全棟修復か、どちらかしかないのだった。二者択一で中間がないので、余計に決議ルールをどうするか、が、シビアに問われることとなった。
それでも総会を開いて、住民投票で決議しようという気運は徐々に高まっていた。アンケートの実施や棟別の集会も開催されるようになった。このころになると朝日新聞やNHKなどの取材も入るようになった。梅雨明けの暑い日曜の午後、公民館を借りての全体集会に出て最前列で話を聞いていた僕の、よれよれのジーパン・Tシャツ姿が朝日にカラーで掲載され、職場の仲間から「三島さん(僕のこと)、さすが学生運動あがりやね、雰囲気出てるよ」などと冷やかされた。もちろん僕は学生運動あがりなんかじゃないのだが。
「オピニオン235」は2週間に1回ずつくらいの割合で配布されてきた。回を重ねるに従って、建替えを主張する意見の割合がいよいよ多くなってきた。なかでも「定期借地権」方式について紹介している意見は注目に値した。この制度は、マンションの敷地をいったん住宅供給公社などに売り、その売却金を建替えの費用の一部に充填する、というやり方で、すでにいくつかの前例があるようだった。当然土地の所有権はなくなるので公社からの借地とし、50年後には更地にして公社に返還する、という約束になっている。つまり建物は新築して、土地は手放すわけだが、再建後は「借地権付きの物件」として売買も可能、という。50年後のことなど、そのときになってみないとわからないし、公社も「50年後の土地の返還が必要条件」としながらも「その時点で再考の余地あり」と言っているという。すでにアンケートや各棟集会などで「建替えに参加したいのはやまやまだが、2000万円もよう出せん」という人がたくさんいるので、この意見が出てきたわけだ。これなら土地代が仮に1000万だとすると、その分は住民が負担しなくてもよくなるため、建替え費用は半減する。むろん、全員が土地を手放す、ということは(昔から‘土地本位制’などと呼ばれている)日本ではとても困難なことと思われたが。それでもこれが最終の解決策ではないか?と僕は建替えの夢がふくらむ思いだった。
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