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1「発明を仕事にする!と決めたきっかけ」

皆さま、はじめまして!

不可能を可能にする発明デザイナー 今井 雄仁(いまい ゆうじん)です。
 今回はnoteの初投稿ということで、自分がなぜ発明を仕事にしたのか書こうと思います。

 私は「株式会社 発明デザイン研究所」という発明を専門にするデザイン会社を2011年から経営しています。
 発明デザイン研究所とは、地球と人類の選択肢を増やすことを目的とし、自然法則を技術に翻訳し利用できるような発明とデザインを行う会社です。
 また、新製品や技術開発を行う企業に特化した企業顧問も受けています。もしかしたら、皆さんが見た事のある製品もあるかもしれません。

Note用プロフィール

 そんな私は子どものころ、新しい物を考えて作って遊ぶのが好きでした。
石を積み上げてお城にしたり、ゲームのルールを考えて遊んでいたり……
とにかく、自分で考えたことを形にしていくこと、想像したものが目の前に出来てくることが好きでした。

 私が11歳、小学六年生のとき、大きなきっかけがありました。
 学校の休み時間に、机の上でホチキスの芯とテープを組み合わせ、小さい飛行機と飛行場を作っていたところ、夢中になりすぎて始業のチャイムに気付かず、授業が始まってもそのまま作り続けてしまいました。
 ふと気が付いたら先生が目の前に立っており
「これはまずい。怒られるぞ。」と、思いました。
 先生は、しばらく沈黙した後「とても良くできているから校長先生に見せに行こう」と言いました。
 私は、「やばい、校長先生のところに行ったら退学にされる!」と思い、全力で断りました。

 後日分かりましたが、どうやら先生は、私の事を本当に評価して下さっていたようで、先生は「こんなに、作るのが上手いんだから、今度、新一年生のための歓迎会の企画をして作ってみないか?」と提案されました。
 そこで私は、協力してくれる数人とともに、体育館を使って「海賊の宝探し」という障害物迷路のようなアトラクションを作ろうと考えました。
 ダンボールで作った宝箱や、牛乳瓶のふたを黄色に塗った金貨、ボール紙で帽子や剣などの小道具を作り、六年生が海賊になって声を出して盛り上げます。
 一年生がクラスごとに入場すると、インディージョーンズのあのテーマが流れ、マットやネット、平均台や跳び箱で作られた障害物迷路を乗り越え、無事にゴールまでたどりつくと宝箱があり、中の金貨を1枚持って帰ることができる!という内容です。

 この企画で、一年生はとても楽しみ喜んでいました。
また、一年生の先生方は嬉しそうな一年生を見て私達に感謝の言葉を伝えてくれて、私達の先生は、やり切った私達に「よくやったね」と言ってくれました。そして、作った私達も、とても誇らしく、嬉しかったのです。

 この時が「今まで自分のためにものを作っていたけど、
人の役に立つと何倍も嬉しい」と気づいた瞬間でした。

 そこで私は、自分の得意なつくることを活かして仕事にしたいと思ったのですが、
「物を一つだけ作っても、いつか壊れる」
「一つの物を作っても、一人の役にしか立てない」
と思い、より多くの人に最大限役に立つもの作りは何かと考えました。

そして
「新しいものを生み出す『発明』だったら、
自分が死んだ後も人や地球の役に立ち続けることができるのではないか⁉」

という結論に至り「よし!発明を自分の仕事にしよう!」と決めました。

 その時から今に至るまで、発明を仕事にしているという次第です。私の人生にとても重要なきっかけを作ってくださった恩師に感謝しています。

 以上で今回のnoteは終了です。いかがでしたでしょうか。
その後、なぜ「発明×デザイン」になったのかは、
[記事:略歴]を見てくださいね。

 今後も、投稿を通じて、私の事や、発明デザインの事について発信していきます。

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「発明デザイン」やその「考え方」があなたにとって選択肢の一つになりますように!

私は、子どもたちの学びや気付きが世界を豊かにすると考えており、クレジットカード等を持たない方でも読めるように基本的に無料での記事公開をしております。また、発明デザイン研究所はUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)への寄付を毎月行い、難民の子どもたちの教育機会を支援しています。