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<書評>「問題は英国ではない,EUなのだ―21世紀の新・国家論―」

20210505問題は英国でないEUなのだ

「問題は英国ではない,EUなのだ―21世紀の新・国家論―」 エマニュエル・トッド著 堀茂樹訳 2016年文春新書

書名となっているものは,いくつかまとめられた著者の日本での講演記録のひとつであり,これが冒頭にあるだけで,他の講演記録は英国とEUについて主体的に論じたものではない。むしろ,著者の歴史人口学者としての論考が主となっている。そのため,書名に惹かれて読み始めた読者は,ちょっと肩透かしにあった気分になるだろう。

しかし,講演記録ということもあって,難しい文語体ではなく,話しかけるような口語体の文章となっているため,まるで政治家が選挙演説としているような,あるいはTVのワイドショーで「専門家」と証する文化人が,訳知り顔で時事問題を解説しているような,理解しやすい雰囲気になっていることは,新書としての強みになる。

そうは言っても本書は,そもそも学識と洞察力の深い学者による現代社会論となっているので,私のような門外漢がお勉強するには,格好の教科書(新書)として評価したい。

その中で特に面白かった考察を挙げれば,Blexitについてのもので,これはグローバリゼ-ションの終わりを迎える一現象と指摘していることだ。それはまた現在の,新型コロナウイルスのパンデミック=グローバリゼーションの典型的マイナス面と,良く比例している。今や2年越しの新型コロナウイルスのパンデミックによって,過去20年以上続いてきたグローバリゼーションは,感染症対策という壁により閉鎖せざるを得なくなっているのだから。

著者によれば,英国は,米国とともにグローバリゼーションを最初にやった国だが,逆に自身でグローバリゼーションを否定する動き=Blexitを実行した。しかし,新型コロナウイルスのパンデミックによって,各国が行った国境を閉じて鎖国するということは,英国のみならず,世界各国の経済に大きな打撃を与え続けている。実際にグローバリズムが停止した状態を目の前で実現されると,そもそもグローバリズム(経済)は,誰にも止められないほど大きな存在―社会システム―になっていることが実感される。

たとえば,世界で孤立している時代遅れの共産主義(しかし実態は,マルクスの考えたものから大きく乖離している)国家である,北朝鮮,キューバといった国ですら,自国のみで生存することはできない。世界各国の経済(生活すること)は,グローバリズムというシステムから完全に逃れることはできないくらい,その力は強い。

以上が書名に沿った著者の主張から得た私の感想だが,むしろこの本の中心をなす著者専門の歴史人口学の部分に,私にとってより示唆に富む考察があった。

それは,人類は歴史の進化とともに,大勢が生活を共にする共同体社会(グループ)から核家族に至ったと,一般に信じられているが,著者によれば,歴史を検証した事実はその逆だという。つまり,人類はまず夫婦と子供だけの核家族から始まり,その後共同体社会に進化したというのだ。そして,現代に至って,人類は先祖帰りしたかのように,核家族化していると論考している。

つまり,人類が共通に持っている神話の世界は正しかったのだ。人類は,アダムとイブ,またはイザナギとイザナミの夫婦だけによる核家族から出発したのだから。そして,21世紀初頭に,人類はグローバル化という「大きな家族」を作り上げたが,新型コロナウイルスという感染症によって,まるで宇宙の法則の如く縮小していき,再び核家族化に向かっている。歴史は,かくの如く「膨張」と「縮小」を繰り返している。幸いなことに,ブラックホールは未だ出現していないが。

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