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<書評>『転身物語』

『転身物語 メタモルフォーセス Metamorphoses』プブリウス・オウディウス・ナーソ Publius Ovidius Naso 著 著者は紀元前43年に生まれているが、ラテン語の原著はおおよそ7世紀ごろに発行されたもの 田中秀央・前田敬作訳 人文書院 1966年初版発行 1978年重版

『転身物語』

 いわゆるギリシア・ローマ神話として知られている物語を、一冊の書物としてまとめたもの。既に西ローマ帝国が滅びたが、東ローマ帝国が全盛であった頃に、ローマ時代の遺産として著者がまとめ、それが中世ヨーロッパで再発見された。そして、現在までにつながっている。ヨーロッパ世界では、ギリシア神話の『オデッセイアー』や『イリアッド』と並ぶ重要な古典文学である。そして、世界中の物語の原点でもある。

 本書では「転身」と訳された原題の「メタモルフォーセス」は「変身」とも訳されており、現代のファンタジーの元型である。

 本書の中で、私の感性に触れた部分は数ヶ所ある。しかし、その原文を引用しても、元々叙事詩の形で表現されたものを散文に翻訳しているので、そのまま読んでも意味を捉えづらいものがある。それで、原文の引用ではなく、そこに表現されているものを簡略に説明し、それに対する私の意見(解釈)を付記する形で紹介したい。

1.「あたらしい人間の祖デウカリオンとピュラ」
 デウカリオン(夫)とピュラ(妻)は、大洪水の唯一の生き残りであった。パルナッソス山でテミス女神から指示されたとおりに神殿で儀式を行ったところ、石から新しい人間が出現した。

<解釈>石から生命体が発生するというのは、世界各地に伝わっている神話に共通するものである。そして、この石とは宇宙から飛来した隕石であり、そこに仕組まれたDNAによって、地球上で生命が発祥したことの神話的再現であると思う。

2.「月桂樹になったダフネ」
 この物語は、アポロの求愛を逃れて月桂樹に変身した美女ダフネのものだが、そこに登場するクピド(キューピット)の弓矢が二種あると書かれている。一つは誰もが知っている射られた相手が恋を生み出すものだが、もう一つは恋を追い払うものとされている。

<解釈>キューピッドは、恋愛を生起させるだけでなく破綻させる役割を持っていることが、ここに明記されている。しかし、生起させる物語は多々あっても破綻させる物語は寡聞にして知らない。本来は破綻させる物語もあったはずだが、それが時間とともに消滅したのではないか。そして、消滅した背景には、恋愛を破綻させる物語を人々が好まなかったということがあるのだろう。

3.「太陽神の車を馭するパエトン」
 パエトンは、ソル(ヘリオス)と同一視されたアポロの息子である。父が持つ宇宙まで飛翔できる日輪の馬車を借りることに成功する。しかし、父の忠告を無視して最高速度で疾走したため、馬車は墜落し、パエトンは海に沈むという物語だ。

<解釈>いわゆるダイダロスとイカロスの物語に通じる、オリンポス神族の物語だが、ここに登場する「日輪の馬車」とは日輪=炎または光、馬車=乗り物と解釈すれば、そのままロケットあるいは宇宙船=UFOであったとしか考えられない。つまり、パエトンは、高性能のUFOの運転をあやまり海中に墜落したことを、神話的に記録したものだと理解できるのだ。そのため、パエトンのUFOが沈んだとされる西の果てにある大河を探せば、その痕跡が見つかるのではないか。もっともその「西の大河」とは大西洋と思われるので、捜索は不可能に近い難しさはあるが、第一候補となるのはバミューダ沖にある「トライアングル」地域だと思う。

4.「クマエのシビュラ」
 クマエは、ナポリの西にある古い町で、そこに巫女が住む洞窟があった。その巫女であったシビュラは、あるときアポロンから求愛されたが、これを執拗に拒んだ。アポロンは、シビュラに対して望むものを与えると約束したところ、シビュラはその場にあった一握りの砂の数と同じだけの寿命を希望した。そしてシビュラは、アポロの意に沿わなかったのにも関わらず、千年の命を与えられたが、永遠の若さを希望しなかったため、その身体は年々縮小していくことになった。ある時子供から何が欲しいかと聞かれた時に、ただ「死にたい」と答えたという。

<解釈>これは不老長寿ということの問題点を象徴している。不老だけでも長寿だけでもだめで、その両方があってこそ、幸福になれるのだ。そして、不老でいることは少しも幸せなことでなく、寿命が来て死ぬことの必要性を認識させてくれる。現代医学は、金持ちに対して不老を与えることに成功しているが、一般庶民に対しては長寿だけを与えている。そして、これは決して望んだわけでもない長寿となっていることに、多くの人が気づき始めている。

 一方で、この話からは、古代の宇宙人が、現生人類のDNAに老いるということと寿命ということの両方をインプットしたことの意味があると思う。従って、人類が不老と長寿を追い求めることは、むしろ古代の宇宙人=神が予め決めたこと=箴言に背く行為ではないだろうか。

5.ピュタゴラスの教え
(1)「牛の腐敗した内臓からは、蜜蜂が生まれて来て、四方八方へと花をもとめて群れ飛ぶ」という表現にあるように、ピュタゴラスの生命発祥の認識は、動植物の腐敗したものから生じる蛆虫のようなイメージだった。

<解釈>ピュタゴラス派と呼ばれている古代ギリシアの思想・哲学は、キリスト教以前の原始的な宗教の趣を持っている。その一つがこの生命発祥のイメージだが、これは身近なものである以上に、実際そうした情景を古代人が見たままの記録を再現しているのではないだろうか。

 つまり、古代の宇宙人は、古代人に対して腐肉を原料として様々な別の生命体=動物を発生させたのだ。これは現代科学の観点から見れば、あるいは臓器移植、あるいはフランケンシュタインのようなキマイラ(ミュータント)、あるいはコピーとしてのクローンではないだろうか。

(2)輪廻転生によって魂は動物にも宿るため、ピタゴラスは肉食を禁じている。それを「まことに、日ごろから人間の血を流す予行演習をしているようなものではないか」、「害をあたえる動物は殺してもよいが、それも殺すだけにしておくべきだ。それを口に入れてはならない。口は、温和な食物だけを食べるべきだ」と述べている。

<解釈>これはまるで厳格なヒンズーの教えに従うベジタリアンのようである。ピュタゴラス派がこうしたベジタリアン的思想を示したのは、古代の宇宙人が、人類を肉食にすることの弊害を意識していたからではないかと思う。しかし、古代ローマ人を筆頭に人類は肉食を繰り返した挙句、20世紀には二度の世界戦争を起こし、さらに現在進行形として世界各地で戦争や殺人が発生している。そして、この状況を憂いた宇宙人が、再び「リセット=大洪水」のボタンを押すことが近づいているのかも知れないと心配している。

6.解説
 著者オイディウス(プブリス・オイディウス・ナソ)は、アペニス山脈の麓にあるスルモの町に紀元前43年に生まれ、優れた詩作者として売れっ子になった。二度結婚に失敗し、三度目の結婚で幸せをつかんだ。紀元8年にアウグストゥス皇帝の不興を買い、黒海沿岸のトミス(現在のルーマニアの黒海沿岸都市コンスタンツァ)に流刑となり、10年後にそこで死んだと説明されている。

<感想>私は、ルーマニアにいた2021年の夏に、ブカレストから列車に乗ってこのコンスタンツァ(トミス)に旅行をした。そこには古代ローマ時代の遺跡が多数残っているとともに、オスマントルコに占領された時代から続くイスラム教会も残っていた。まさに東洋と西洋が合流する(衝突する)地点であったことがわかる。古代ローマ時代初期には、何もない寒村だったかも知れないが、今やルーマニアでも有数の都会に街は成長した。また黒海という世界に向けて広がる窓口を持つ、国際的な雰囲気を持つ街でもある。私が、このコンスタンツァで感じた歴史の重みとは、こうした悠久の時間と東西文化の混交したものだったのかも知れない。

<私の論考、エッセイ、ラジオドラマ、物語翻訳などをまとめた本です。キンドル及び紙バージョンで販売しています。>


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