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銭湯採集③ カランについて

脱衣所で服を脱ぎ、いざ風呂へ入らん!と思っても、いきなり浴槽へ向かう人はあまりいない。まずは体を洗うべく、椅子と洗面器を持ち、近くの洗い場を探す。この洗い場は、通称カランと呼ばれる。

カランとは、「キッチンや洗面所、浴室に使われている水栓の管やハンドル、蛇口の総称」である。家庭用カランは、ハンドルを上下左右に回せば適切な温度の水(湯)が出てくるものだが、銭湯では、お湯の出る赤いハンドルと水の出る青いハンドルが1セットになったものがほとんどである。
近年改築、新築した銭湯では、温度をハンドルで操作し、ボタンを押すと一定の水が出てくる半自動式も増えてきている。

カランは、銭湯の必須設備であるがために、配置数からその銭湯の需要度、または開業当時の周辺環境を推し量ることができる。

調査範囲170軒(21.3現在)のカラン数は、平均21.1、中央値21である。住んでいる場所柄、調査範囲も東京がダントツで多いため、そちらに結果が引っ張られている。最大所帯は18台の23軒で、東京以外も神奈川、埼玉、長野、京都と各地に点在している。

カラン設置上位トップ3は、東京吉祥寺の弁天湯の50台、神奈川百合ヶ丘の松葉浴場の39台、東京東中野の松本湯の36台である。なお、西小山東京浴場は現在リニューアルを果たし浴室も改装されたようだが、元々のカラン台数は目視で42台あったので、数年前なら順位が変わったかもしれない。また松本湯も2月から改装に入ったので、カランが減少する可能性があり、こちらも順位が変わるかもしれない。

地域ごとに見ていく。まずは東京だが、調査範囲122軒の平均は21.9、中央値21。やはり東京の銭湯の調査数が多いので、全体の平均、中央値と差異があまりない。最多は先述した通りだが、最少は14台で南青山清水湯と荻窪GOKURAKUYA。傾向としては、改築された新しい銭湯の方がカラン数は少ない。これは、時代とともに変化した銭湯のあり方によるものとも言える。

内風呂の設置が少なかった昭和中期までは、銭湯1軒あたり多くの客を捌かねばならない環境であった。必然的に、回転率を上げるためにカランの間隔を小さく、限られたスペースでできるだけ多くのカランを設置してそれに対応していた。その後の内風呂設置の拡大による利用者の減少、それによる銭湯自体の減少によって、銭湯業界のあり方も変わった。社会インフラ的立場から、娯楽空間へと役目が変わった現在の銭湯では、ゆったりとした時間を過ごしてもらうことが重要になる。カランよりも浴槽設備やサウナに場所を割き、カランの間隔も広く取り、場合によっては仕切り板も設け、ゆとりを持たせる造りになり、必然的にカラン数も減ったと思われる。

続いて神奈川だが、調査範囲17軒の平均は22.7、中央値は21。
ちなみに調査範囲170軒中最少だったのは、神奈川県小田原市の中嶋湯で、なんと8台。

この銭湯は建築も戦前頃と思われる古い銭湯であるため、数の少なさは先述の考察とは異なる例外となる。現在小田原市で営業中の銭湯はここだけであるが、その昔は各町内に銭湯があったという。中嶋湯も旧町名が中島町だったことを由来としている。古くから東海道の宿場町として栄えたため、一定数の住民が居住していたこと、各々の町内に一つは銭湯があったことから、商圏が狭かったことが、このカラン数の少なさの由来と思われる。
そんな中嶋湯が平均値をかなり下げそうだが、改装銭湯が多くないこともあり、平均は東京よりも若干多めである。カラン数が多い別の要因と考えられるのが、郊外立地という点である。爆発的に首都圏郊外の人口が増えたのは、戦後昭和30年台以降である。都心に近いエリアの人口が飽和状態になり、それを打開すべく郊外の団地や分譲地が開発された。

神奈川県トップの39台を持つ百合ヶ丘の松葉浴場は、まさに百合ヶ丘団地の一角に位置する。住宅公団開発の団地には、基本的に内風呂が付いていたはずだが、それでも広いとは言い難い。また単身向けの一部などには、まだ風呂が設置されていないものもあった。そのため、宅地開発と合わせて周辺住民用の銭湯が作られることは多かった。この傾向は神奈川に限らず東京にも言え、武蔵野市、国分寺市、調布市、練馬区など東京西部の宅地化エリアの銭湯は、カラン数が多い傾向にある。

最後に、大学の授業のため通った京都だが、調査範囲20軒の平均は16.2、中央値は16.5。関東2都県に比べると、顕著に少なさが際立つ。
京都銭湯は、年季の入った建物の銭湯が多めで、そんな銭湯のカランが少ない、つまり東京とは異なり、昔から標準的にカラン台数が少なかったと思われる。碁盤の目状になった街路にあるため、元々「うなぎの寝床」と呼ばれる長屋が多い京都市内だが、銭湯も東京に比べると隣接民家との距離が近く、土地もかなり狭い。この土地の狭さが、カラン数の少なさにも現れているのかもしれない。また一方では、廃業銭湯が多くなった近年でも、かなり近接して銭湯が建てられているエリアがあるなど、銭湯の設置が高密度で、1軒あたりの収容人数も東京に比べると少なかったものと思われる(小田原中嶋湯と状況は似ている)。

もう一つ、少し飛躍した考察としては、関東の銭湯と入り方が異なるため、という考え方もできる。関東では基本、浴槽に入る前にカランで体を洗い、その後浴槽に浸かる。対して京都では、掛け湯はしても体を洗うことが必須という考えはないらしい(実際に京都銭湯では、湯だけ体にかけて浴槽直行の人をしばしば見かける)。江戸は土木などの職人気質、かつ関東平野のからっ風で汚れを落とす必要が多かったのに対し、上方・京都は商人気質、どちらかといえば屋内仕事が多かったため、汚れを落とす考えがそこまでない。それは、カラン台数だけでなく浴室配置にも見える点で、脱衣所から見るとカランの奥に浴槽のある東京、カランと浴槽が横並びし奥に続く京都、と現在の配置にも繋がっているのではないだろうか。


なお、京都銭湯のカラン数上位は、百万遍の東山湯温泉(27台)、船岡の船岡温泉(26台)、太秦天神川のやしろ湯(23台)。関東に比べるとまだ少ない方だが、京都の平均値、中央値から見ると多いことがわかる。
東山湯温泉は京都大学に近い百万遍に位置し、当然周辺には学生用の下宿が多い。現在は流石に内風呂もあるだろうが、少し昔のことを想像するに、学生需要の高さがカラン台数に現れている。船岡温泉は、元々の創始を温泉旅館に持つ。現在でもマジョリカタイルや格天井などに、旅館当時の豪華さが伺えるが、浴室もそんな多くの客を捌くためにカランが用意されていたのかもしれない(相反した考察だが、銭湯になったのちも人気銭湯であったため、その客数の多さに対応したものとも考えらえる)。最後のやしろ湯は、京都には珍しい築年30年程度のモダンなビル型。周辺は住宅街で人口も増加傾向にあるものと思われ、そんなファミリー需要の意識した造りになっているため、収容力を重視しカラン数も多いものと考えられる。
古くからの銭湯は多めのカラン、新築改築銭湯は少なめカランという傾向は見られているが、今後リノベが進むにつれて、カランの平均台数はさらに減っていくことだろう。

それでは、良き湯時間-yujikan-を。

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