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銭湯日記⑧ 富士のタイル絵と一緒に 〜月見湯温泉〜

私は楽器ができない。ピアノを習っていたのも小学校2年生までであり、今では楽譜が読めるのが関の山、「ねこふんじゃった」も弾けやしない、そんな体たらくである。
しかしながら音楽は好きだった。
高校1年の時に母が持っていたYMOのデビューアルバム「Yellow Magic Orchestra」と「PUBLIC PRESSER」のLPを聴いて以来テクノにハマり(注:Chemical BrothersやDaft Punkではなく、ニューウェーブ時代の初期テクノ)、なぜかKORGのシンセサイザーMicro KORGを買ってしまった。

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宝の持ち腐れとはまさにこのこととも言えようが、たまにチョコチョコいじっていたら、楽器ができないにも関わらず、行きつけの店の人たちが組んでいたバンド活動に入ることになった。
ボーカルもどきをやったり、裏側の電子音用としてシンセを鳴らしたりしたことで、埃を被りかかっていた我がシンセもやっと日の目を見ることが出来た訳だが、なぜスタジオに私がいるのかは、私自身が最後まで謎であった。

出入りをしたそんなスタジオの一つに、下高井戸の首都高沿いのスタジオがあった。安価ながら(と言いながら私はスタジオ相場を知らないのだが)、KORGが経営するしっかりしたスタジオであり、設備も整っている。
何より4階のスタジオの外のベランダからの眺めはとても良い。
受付の隣にはKORGの名機が並ぶディスプレイスペースもある。その隣を通るたびに、持参したmy Micro KORGの不憫さを思って落涙しそうになった。

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そんな下高井戸の街は、北口の目の前に昔ながらの駅前市場が広がり、商店街も充実している。甲州街道には古くから宿場があったはずなので、街の歴史も古いのだろう。
駅前の商店街を日大のキャンパスの方へ、学生も賑わう通りを進んでいき、住宅街へ入ったところに「月見湯温泉」はある。

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往来に面したフロント部分の平屋は、後年増築されたのか新しめに見えるが、母屋の建物は昔ながらの千鳥破風の瓦屋根、銭湯らしい建物である。夜は遠くからでも見える「ゆ」の電飾看板や、屋号の染め抜かれた暖簾など、銭湯の安心感を往来にも振りまいている。

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暖簾をくぐるとズラリと並んだ下駄箱、そして銅板でできた屋号看板が出迎える。ロビーに入ると正面に富士の夕景の大きな写真、テレビもついたソファスペースと、ゆとりのある造りである。料金はフロントで、サウナ付きでも770円とリーズナブルなのも特徴である。

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脱衣所は開業当時からのものと思われる母屋側、昔は格天井だったと思われる木製の天井板が趣を与えている。

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浴室仕切り部分にかかる料金表には、周辺商店の古そうな広告が嵌り、男女湯の中心には時を止めた振り子時計がかかる。歩んできた歴史を今に伝える品々である。

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左側に喫煙所も備えた坪庭があるのも、住宅街の中の銭湯にしてはゆとりのある敷地の使い方である。

浴室に移ると、東京型の基本配置とは異なる浴槽配置に気づく。カランは男女湯仕切りと奥の壁面にL字型に配され、浴槽は左手(外側)に置かれている。

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浴槽は奥にここの特徴である天然温泉(鉱泉)、手前にジェットバス、電気風呂併設の主浴槽、左のサウナ側に高温浴槽がある。温泉浴槽は比較的入りやすい湯温に加温されており、東京銭湯で多めの黒湯の色をしている。

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ここの特徴はサウナ前の水風呂も温泉浴槽になっている点である。ライオンの口から水が流れ出てきているが、実はこちらの水風呂が源泉掛け流し。水温は22度なので、鉱泉である。

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高温浴槽はかなりの熱さで推定46度くらい、フラリと入ると我慢できずに1分と持たないレベルの熱さだが、隣にある水風呂鉱泉に入った後すぐに入ると、サウナとは違った整い方ができる。
サウナはテレビ付きのドライサウナ。定員は10名程度入れそうだが、最近はコロナの影響で人数を制限しているようである。値段のお手頃さも魅力であるが、一応先程の坪庭に出ることで外気浴も叶うようなので、ファンにしているサウナーは案外多いようである。

建築的特徴に移ると、天井は男女湯仕切り上部に天窓のある東京型天井。サイドの立ち上がりが丸みを帯びているのが特徴的である。

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奥の壁面は富士であるが、ここはペンキ絵ではなく正方形モザイクタイルを用いた大きなタイル絵。絵のモチーフは歌川広重の東海道五十三次のようで、男湯側が興津、女湯側は平塚になっている。いずれも広重の原画とは異なっているが、男女湯に跨るように富士山が配置されているのは圧巻である。

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他の銭湯に比して天井高がある印象で、タイル絵もその上部まで伸びているため、かなりスケールを感じる。絵のフレームにもなる緩やかな弧を描いた木枠が、浴室の開放感をより演出している。

別日に開店前に取材を申し入れ、浴室の写真を撮らせてもらいつつ、ご主人に話を伺うことができた。創業は約60年で、先代より継いだらしい。もともとは番台式の銭湯だったが、30~40年前にフロント型に改装。フロント化改装を比較的早めにしたため、フロント周りの面積も広めに取ることができたのだとか(浴場営業法などの法的規制によるもの)。脱衣所の男女湯仕切り部分には太い梁が残っているが、これは改装前からあったものを残したらしい。

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また圧巻のタイル絵は、同じくらいの時期に元々ペンキ絵だったものを変更して現在に至るという。有田焼のモザイクタイルは、30cm角程度に絵付けをしたモザイクタイルを貼っていく方法で施工した。作業を考えると気が遠くなりそうだが、ペンキ絵に比べると保守整備には苦労が少なそうである。

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月見湯温泉についての話を聞きつつ、銭湯の現状についても話を聞けた。減少の要因は利用者の減少ももちろんであるが、後継者不足のことも多く、土地の権利関係によって手放す場合などもあるようだ。また一般銭湯経営者は法人化していないことが多く、次の代に次ぐ場合、相続問題からは逃げられない。客が入っていたとしても銭湯がなくなってしまうのは、この相続によるところも多そうである。開店前の忙しいタイミングであるにもかかわらず、撮影や取材のお時間をいただけ、大変ありがたい経験となった。

月見湯温泉からの帰り、一杯となると、商店街の中の居酒屋たつみになるだろう。3階の座敷などは貸切になる場合もあり、銭湯帰りだけでなく先述のバンド帰りにも訪問した。
サウナポイントカードを片手に、ふらりと下高井戸を訪問すると楽しい銭湯時間が過ごせそうである。

①月見湯温泉・世田谷区赤堤・2019.5訪問
②左:男湯、右:女湯
③平入
④煙突なし
⑤フロント型
⑥木札型
⑦カラン18・シャワー18
⑧ジェットバス、電気風呂、サウナ、水風呂、天然温泉

それでは、良き湯時間-yujikan-を。

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