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『ディベート道場 ― 思考と対話の稽古』特別対談④「真理を見さだめる力」森川勇治さん(株式会社ウェッブアイ代表取締役社長、早稲田大学・フェリス女学院大学非常勤講師)

森川勇治 プロフィール
早稲田大学理工学部卒業後、三井造船に入社。プロジェクトマネジメントのソフト開発を担当。その後、アルテミスインターナショナルへ入社し、プロジェクトマネジメントのアプリケーション開発に従事。2000年にウェッブアイ設立、代表取締役社長に就任。早稲田大学、フェリス女学院大学非常勤講師。


田村:森川さんがディベートを始めたきっかけは何ですか。

森川:『学生 島耕作』というマンガをご知じですか。

田村:課長から会長までいったあの島耕作?

森川:そう。その島耕作の大学時代を描いたものです。彼は早稲田大学の政経学部でESSだったんですね。目的は女の子をナンパすること。「外国人の女性をナンパする道具として英語が必要だ」という理由でESSに入るんですよ。彼らしいですよね。

僕の場合もあまり変わらなくて、僕が浪人してるときにお付き合いしていた女性が、すでに大学でディベートをやっていたんです。それで「あなたも大学に入ったらディベートやるんだからね!」と言われてね。「僕は理系なんだけど、どこの大学入ったらいいの? 理系の大学でどこが真面目にディベートサークルやってるのかな」と聞いたら、「うーん、早稲田の理工学部くらいかな」ということだったので、「じゃあ早稲田に入ろう」と早稲田にしました。

田村:ええ! 本当ですか!?

森川:本当ほんとう。人生そんなもんですよ。彼女がいて、ディベートを知って、大学が決まるという。

田村:人生そんなもんですか(笑)

森川:そう。特に若い頃は大抵そんなもんで決まっちゃうんです。それでディベートを始めたんですけど、ディベーターとしての戦績は大したことがなくて、当時は試合数もそれほど多くありませんでした。僕の記憶に間違いがなければ、公式戦は15勝5敗くらい。ディベートの試合数と卒業してからのディベートのジャッジ数は合計500試合くらいですね。

今のNAFA*は僕が大学4年生のときにつくりました。結果的に組織はいいものになりましたよね。さっきのナンパの話じゃないけど、つくるときはけっこう軽いノリでつくったんです。「英語力だけで判断してしまうジャッジは気にくわない」「ジャッジのクオリティーを選出しなければ」「じゃあ、そういう団体をつくろうか」みたいな。ほとんどは新宿の喫茶店で決まったようなものです。

*NAFA (全日本英語討論協会:National Association of Forensics and Argumentation):日本の大学における英語ディベートの質的向上を目指し、1983年に設立された団体。「アカデミック・ディベート(NDTスタイル)」の普及に力を注ぎ、現在は加盟校50校程で国内最大級のディベート団体となっている。英語アカデミック・ディベート大会の開催、セミナーの開催、コーチの派遣、出版活動などを行っている。http://www.nafadebate.org/

田村:実際に新宿の喫茶店で決まったんですね。

森川:そうそう。それで名前をどうしようと。当時、僕より2歳上の先輩がアメリカのディベートに詳しかったので、後日相談したらすぐに「National Association of Forensics and Argumentation(全日本英語討論協会)」という名前を決めてくれてスタートしたんです。35年も経っているにもかかわらず、NAFAは今でも続いてるんですよね。驚きますよ。後輩たちがしっかりとやってくれているみたいですね。
言っちゃ悪いけど、初代のメンバーはノリだけでつくってしまったので、あれはたぶん初代の人間ではなく、2代目や3代目のしっかりした人たちが枠組みをつくってくれたから、そのままずっと続いているんだと思います。

当時は、NAFAという団体自体がディベート界に対するアンチテーゼでした。僕から言わせると、当時のディベートはディベートになっていなかったと思います。当時はディベート主体ではなく、英語の勉強としてのディベート活動をしていた人がめちゃくちゃ多かった。僕たちは英語の勉強が主体の活動ではなく、ディベート主体の活動をやりたかったんです。

田村さんもよく知ってると思いますが、当時は英語力と表現力で決まってしまう試合がたくさんあったんです。そういうジャッジがたくさんいた。「私は英語力と表現力でジャッジします」と言ってくれるなら、まだ納得いくけれど、試合がどのような判定で決まったかがはっきりせず、「とにかくこっち」という決め方をされることが多かった。だからNAFAは、今で言うジャッジングフィロソフィー*を最初につくったんです。ジャッジはジャッジングフィロソフィーを書いてそれを公開し、それを公開できないジャッジは呼ばない。それと、ジャッジングフィロソフィーは先に書いてもらってこちらで選びました。まずは書いてもらって「この人なら大丈夫だね」と。そうすると、それを喜ぶ人と喜ばない人が出てきますよね。業界の半分以上の人を敵に回したりして……。当時は、病気の人とか病気ディベーターとか言われましたね。でも今になってみると、あのときそれをやったから、日本においてディベートという大きな流れができたのかなと思います。

*ディベートの試合を判定するジャッジがどのような基本的な考え方に基づいて判定を下すかについて自分の立場を表明したものをジャッジングフィロソフィーと呼び、ディベート大会などにおいて試合前に配布されることがある。

―― ディベートは仕事でどのように活かせますか。

森川:ビジネスではめちゃくちゃディベートを使っています。僕の仕事はプロジェクトマネジメントです。巨大なモノをつくることを支援する。原子力発電所の建設・メンテナンス、ビルの建設、ソフトウェア開発、国際宇宙ステーションのプロジェクト管理、飛行機の製造、船の製造など、期間制限や資源制限のあるなかで達成しなければならないマネジメントを支援する活動です。そして、そのプロジェクトマネジメントをサポートするソフトウェアを販売しています。また、それだけではなく、そのプロジェクトを支援する人たちを現場に派遣するようなこともしています。今、うちの会社では80人が働いています。

プロジェクト管理の基礎はアメリカで生まれてきたものです。プロジェクトを成功させる極意があって、その極意は僕が考えたものでも日本で考えられたものでもなく、世界中で言われているものなんです。
プロジェクトには必ず、仕事を出す人と仕事を受ける人がいます。たとえば、発注者と受注者という関係もあれば、プロジェクトマネージャーとプロジェクトリーダーという関係もある。プロジェクトリーダーとプロジェクトスタッフという関係もあります。どんな仕事においても、「仕事を出す」「仕事を受ける」という関係がありますよね。そのときに、仕事を出す人と仕事を受ける人が合意を形成することが、プロジェクト成功の極意です。合意が形成されていれば、プロジェクトは8割方成功します。

たとえば、最初のキックオフミーティングでしっかりとした説明を受けたとします。それに対して、プロジェクトのメンバーが「確かにこの計画は素晴らしい。これだったら自分のパートをしっかりやればこのプロジェクトは成功する」と思えば、自分のパートを死守しようとしますよね。ところが、説明がすごくあいまいだった場合は、「結局、プロジェクトマネージャーが変わらない限り、自分が頑張ってもこのプロジェクトは駄目だろうな」と思われてしまい、みんな真面目にやりません。だから、合意が形成されている、されていないということが、すごく大きな違いになるんです。合意が形成されるためには何が必要かというと、プリマファシエ*ケースが必要です。そのケース自体が成り立っていないと、誰も納得してくれません。そのときは「どうしたらその説明を成り立たせることができるか」ということが非常に重要になります。

*「一見して明白に」(prima facie)納得できるレベルまで裏付けられたケース。

それと、プロジェクトにおいてはやはりトラブルが起きるわけです。トラブルが起きたときには、瞬時にその場で解決しなければいけません。これはプロジェクトのトラブルだけではなく、営業販売をするときのオブジェクションもそうです。「製品自体が高過ぎるのではないか」「会社はしっかりと継続できるのか」など、いろいろお客様からクレームが出ますし、そのオブジェクションのハンドリングをしないと販売は成立しません。そして、オブジェクションハンドリングも、実はクレームが出た瞬間に迎撃しなければいけませんね。瞬時に迎撃できるかどうかは、やはりディベート力によるんです。ディベート力はマネジメント活動、営業活動に必要ですね。

人間は、それぞれ人によっていろいろな能力があります。技術力に優れた人、思考能力が高い人、洞察力に優れた人、開発ができる人、営業ができる人、マーケティングができる人など、いろいろあると思います。ただ、僕の場合はあまり専門がないんです。他の人から見たら極めてジェネラリストに見えると思います。開発・営業・経営全般もわかって経理もできるけど、逆に言えば深いところが全然ない。では、専門がないのに何をコアにしているのか。僕の場合はプレゼンテーションだと思っています。全ては表現能力と一夜漬け。

こんなにインターネットが浸透している時代ですから、一夜漬けでも情報はすごく得られるわけですよ。それを短時間で構成して、オーディエンスに合わせてそれを放出するという力がコアにあり、それを利用して少しずつ持っているジェネラルな知識を拡大していくことができるのも、ディベートで培った力です。

以前、外資系の会社にいたときに、販売教育としてディベートを取り入れたことがありました。ディベートのテーマは、「当社がお客様に提供しているサポートサービス(ソフトを購入してくれた人に対して支援する活動)を抜本的に増大させるべきである」というものにしました。そうしたら何が起きたかというと、会社の情報へのアクセス量が増えたんです。たとえば、僕が「中期計画を読みなさい」「単年度計画を読みなさい」「戦略書を読みなさい」と言っても、みんな「はい」とは言っても読まない人が多かった。ところが、ディベートをやるとなったらそういった情報へのアクセス量がめちゃくちゃ増えたんです。なぜかというと、彼らはそういう情報をエビデンスとして使わなければならないからです。

「なぜサポートの量を増やさなければいけないのか」
「当社のサポートの定義は何だろう」
「今のサポート量はどれくらいだろう」
「サポート対象のお客様は何社くらいで、どのような分野に分かれているのだろう」
「サポート自体が当社の経営に与えるインパクトは何だろう」

こういったことを知らないと、試合に勝てないですよね。逆に、ディスアドバンテージもわからないといけないので、「もしサポートを増やしたら、他の活動で何が減ることになるだろうか」ということをみんなが調べ始めてくれたんです。それは、単にディベート力を向上させるためにだけではなく、会社における統制というか、僕が「こういう方向にいこうよ」とみんなを連れて行くことに対して、極めて効果的な影響を生み出しました。だから、多くの企業が(ディベートを)そのように使えるといいのではないかと思います。

田村:そのディベートに参加した人たちは、ディベート経験がなかった人たちですか。

森川:ほとんどは未経験者でした。ディベートを始める前に、メンバーに対してはメールによるディベート教育を全部で40回くらいやりました。けっこう基本から全部やりましたよ。ディベート経験がある人にはジャッジをやってもらいました。ディベートの基本を教えてから試合をするまで、それほど時間はかからなかった。

田村:メール40本でもディベート教育になり、メンバーが実際に試合をやること自体がディベート学習になるということですね。ディベート教育が与える影響はどのように考えていますか。

森川:複数の視点から真理を見さだめようとする活動。これがディベートの良さであり、ユニークなところだと思います。こう言うと変な宗教家みたいに聞こえるかもしれないけれど、僕は、世の中には必ず真理があると思っています。真理というのは一種の原則のようなもので、これに近づくとあらゆる効率が最も上がり、成功に近づく。

たとえば、石油は昔からあるけど、精製方法が発見できずに使えなかった時代も長くあった。そのうち、それを精製する方法を発見して自動車に利用したらとても速く動けるようになりました。昔は精製ができなかっただけで、石油自体は昔からあったわけです。つまり、原則はすでに存在していて、単にそれを解き明かしただけの話です。だから、僕たちが見えなくてもそこに存在するものはすでにあって、その真理に一番近づけた人が成功し、幸せになれると僕は思っています。
けれども、実は真理の数というのは人間の数だけあるとも思っています。正しく見えている場合と正しく見えていない場合があるけれど、同時に人間の数だけ真理がある。そうすると、その真理に遠い人も近い人もいますが、大抵の場合は、真理を一方通行で見てしまっている。

ディベートは、この真理を多角的に見るチャンスを与えられるものなんです。だって、くじ引きして肯定側か否定側を論じることが決まるわけですから、絶えず両方の視点を持っていなければいけませんよね。それは、物事の吟味において、すごく多角性を広げることになるんです。それで間違いを減らすこともできます。僕は(ディベートによって、心理を多角的に見ることで)人間の選択の余地が広がると思っています。通常は見つけられない選択を、見つけることができる。

それと、ディベートをすると、お互いがわかり合えるんです。それぞれ、ある決められたひとつの見方だけで対話すると戦争になってしまう。しかし、両サイドから物事を見ることができれば、もっと世の中が平和になりますよ。誤解している人はディベートに好戦的なイメージを持っていて「ディベートをする人はみんな好戦的で、ディスカッションをする人は平和的」だと思い込んでいるかもしれないけれど、僕は逆さまだと思いますね。みんながディベートをするようになれば、世界が平和になるだろうと思います。

最近、中学生や高校生でもディベートが盛んになっていますよね。下手すると、大学よりディベート甲子園のほうが盛んだったりする。それはいいなと思います。小学校の教育カリキュラムにディベートを入れてしまえばいいんじゃないかと思うくらいです。昔は高校生でディベートをする人なんて、本当に一握りの人だけでしたね。

田村:慶応や早稲田、一部の高校でしたね。

森川:教育の話からは外れますが、まだスコット・ハウエル*先生がご存命のときの話です。みんなで新宿ワシントンホテルに集まったときに発表して放置したままになっていますが、ディベートのプロリーグをつくりたいと思っているんですよ。ある論題をもとに戦っていくようなプロリーグ。プロリーグだからバックグラウンドには企業もいて、テレビやメディアともタイアップしたりしてね。ディベートのチームにはちゃんと名前も付けます。
参考になるのは、アメリカの大リーグです。トップにプロリーグがあって、そのプロリーグでも、メジャーリーグの下にマイナーリーグのトリプルA(3A)、ダブルA(2A)、アドバンスドAがあり、さらにその下にも階層があるわけです。最後はリトルリーグにまでつながります。そのような仕組みがアメリカの野球を支えているわけです。

*元上智大学短期大学部学長。1942年生まれ/アメリカ合衆国ワシントン D.C. 物理学博士。専門は無機物理化学(低融点溶融塩の電気的緩和)および科学英語。学事部長補佐、応用化学専攻主任等を歴任。2009年より上智短期大学長(当時)。在職中の2012年7月18日逝去。

日本のディベートに足りないのは、ディベートで食べていける環境だと思いますね。トップディベーターは年収2億円みたいなね。

田村:(笑)

森川:いや本当に。それでみんながディベーターに憧れて、ディベート自体を突き詰めて研究していくようになってほしい。その前にフォーメーションをつくらないといけないし、プロリーグは絶対につくらなければいけないなと思っています。田村さんがやっているディベート道場みたいなものが各地方都市にたくさんできて、ディベート道場対抗のトーナメントやリーグ戦ができるようになってくるといいですよね。

田村:もっとそういうのがあってもいいですよね。

森川:それが、プロリーグみたいなものになっていったりするのもいい。そういうものがあって然るべきだと思いますけどね。

―― ディベートが上達するコツはありますか。

森川:もし、ディベートを始めたいと思っている人がいたら、まずは身近な論題で議論を始めるべきだと思いますね。先ほど話した「当社がお客様に提供しているサポートサービスを抜本的に増大させるべきである」のように、会社が関わるような論題だったら臨場感を持って話し合えますよね。急に「日本政府は……」「国際連合は……」というところから始まってしまうと、ちょっとその人たちの立場にはなりにくい。だから、初心者はできるだけ臨場感が持てる論題で始めてほしいです。上級者は少し抽象度を上げて、「日本政府は……」「国際連合は……」などといったところをテーマにやってくのがいいと思います。

どんどん試合をやったらいいと思いますが、やはりその前に基本は身につけておいたほうがいい。ディベートの基本というのは、ロジカルトライアングルに他ならないと思っています。まずは、ロジカルトライアングルを構成する7つのワラントを全部使いこなせるかどうかがポイントになると思います。この7つのワラントが使いこなせるようになると何がいいのか。まず、思考範囲が広がります。目の前に存在しているエビデンスでつくるロジック、先につくったロジックに必要なエビデンスを加えるパターン。これらを数多くつくることができますよね。

1.原因が結果を生み出す因果関係(causal relationship)
2.結果が原因を生み出す因果関係(causal relationship)
3.兆候(symptom)
4.類推(analogy)
5.一般化(generalization)
6.分類(classification)
7.権威(authority)

たとえば、僕たちは類推(analogy)なんかをよく使うわけですが、一般化(generalization)や分類(classification)というワラントはあまり利用しないですよね。「彼は頭がいい」「彼は東大生だ」「東大生はみんな頭がいい」というのは一般化(generalization)です。「東大生は頭がいい」「彼も東大生だ」「きっと彼も頭がいい」というのは分類(classification)ですよね。

そういった発想をたくさん持つことで、目の前の問題解決に対して7つのうちのどれを当てはめられるかを考えることになり、問題解決に対する思考範囲がすごく広くなるんです。大抵は、自分の知っている方法でしか問題を解決しようとしませんから。

田村:そうですね。知っている方法や得意な方法になりますね。

森川:だけど、目の前にエビデンスがないこともあるので、そこに答えがない場合もあります。
先ほど、オブジェクションハンドリングの話をしました。お客様のクレームに対しての対応は、さしずめ周りにあるものを利用して戦わなくてはなりません。そうすると、「もしあれがあったら戦えるけれど、今はない」という状況においては、戦えるものを探さなければなりません。それなら範囲は広いほうがいいわけです。

ディベート現役時代、僕たちがどんなことをしていたかというと、だいたいいつも5000枚くらいのエビデンスを持っていました。そのエビデンスの中からトランプみたいに1枚抜く。それで「このエビデンスをアナロジーで主張しろ」なんてことを言われるんです。持ち時間10秒。「ええ! これをアナロジーでですか!?」みたいな無茶なことも要求される。それで、その後1分間スピーチをする。それを次から次へとやらされるわけです。
 アメリカでディベートをしてきた友人も、アメリカでやらされたと言っていました。合宿中は夜11時くらいまで試合をしているのに、翌日の早朝、寝ているところをコーチが起こしに来るんだってね。蹴飛ばして起こされて、「このエビデンスをアナロジーで主張して○○の議論を守れ」と言われる。寝ぼけながらでもそれをクリアできれば、もう一度寝かせてもらえるんですって。クリアできなかったら、そのまま練習が続行されるみたいですよ。

基本的なことをやると応用範囲も広くなるから、ディベートの試合だけでなく一般的なスピーチでも使えるようになります。うちに東大出身のすごく頭のいい社員がいて、彼と一緒に取引先と打ち合わせに行くことがありました。約2時間くらいの打ち合わせで、事前に議事録の作成を頼んでおきました。そしたら彼はその2時間メモも取らずにいたんです。「こいつ本当に大丈夫かな」と思いつつ……。

田村:(笑)

森川:そのまま任せたら、翌日とんでもなく詳細な議事録を提出してきましたよ。打ち合わせの最中に言った冗談まで全部書かれている。びっくりして「おまえ録音してたの?」と聞いたら「いいえ、何も録音してません」と答えたんです。そんなに難しい話ではないと言うんですよ。「頭いいんだな」と褒めたら、「いや、そうじゃないんです。森川さんが話している内容だから頭の中に全て記憶することができるんです。別の人がお客様とやりとりしている内容だったら、私はメモや録音なしでは議事録をつくれません」と言うのです。

田村:おお!

森川:あるパターンで構成されていると、記憶することが難しくないみたいです。それ自体、頭がいい証拠だけどね。

田村:ええ。でも単なる強靱な記憶力の持ち主というわけではないんですよね?

森川:そうです。でもパターンがあるから記憶できるということらしいです。僕はあまり意識していないけど、どこかでロジカルトライアングルを形成しながら話してるんだろうと思います。

―― やはり基本が大事なんですね。

森川:基本は大事ですが、試合もたくさんやってほしいですね。負けてもいいから、大きな大会に出てほしい。やはりそれが必要ですね。負けて悔しがることも重要なんです。あとは、音読もやってほしい。音読はもちろん早読みです。別に試合のときに早読みする必要はないですよ。でも、早読みをして音読する練習が大事なんです。

なぜかというと、早く読むためには、話すことよりも読むことが先でないといけませんよね。英語で分速200ワードを超えると、読んでいる行よりも視線は2行くらい先に行っているわけですよ。その練習をしていると、脳は「話す脳」と「読む脳」のふたつに分かれてくるんですね。それを続けていけば、話ながら別のことを考えることができるようになります。それはディベートにだけではなく、ディスカッションや協議をするときにもできるようになります。話しているときに次のことも考えられるから、ある程度、論理的なスピーチを継続することができますね。だから、新聞でも何でもいいので、とにかく声に出して読むことが大事です。

速読とは違いますよ。速読は「話すこと」と「読むこと」が同じスピードで流れますから、脳をそれぞれに分けることができないんです。アインシュタインの相対性理論じゃないですけど、(早読みしながら音読すると)時間がどんどん逆行していくんです。何が起きるかというと、話し相手が次に話すことが聞こえてきます。ほんの数秒先ですが、話す内容がわかるようになります。

田村:私はディベートを経験した後に同時通訳をやりまして、それを同時通訳のときに体験しました。先がわかるからすごく楽だったんです。隙間ができるんですよね。

森川:そうなの。ほんの数秒なんだけど、それがあることによって話し相手から得られる信頼感が違うわけです。

田村:なるほど。

森川:脳がふたつに分けられるのは、バイリンガルと同じような構造のひとつなのかもしれない。面白いですね。

田村:早く読むことや早く話すことの効果は、今になってあらためてわかるようになってきましたね。

森川:そうですね。当時は半分面白くてやってだけなんですけどね。

田村:喫茶店に入るとメニューを早読みするみたいな。

森川:そうそう、あったよね。

―― ディベートを楽しむコツはありますか。

森川:まずはチームカラーをつくることだと思います。チームカラーとは何かというと、得意技ですね。「あのチームがまたカウンタープラン出してきたら嫌だよね」「あのチームは毎回トピカリティやるよね」とか、そういう得意技です。そういった得意技に磨きをかける。もちろん何をやっても強いというのもいいですが、手っ取り早くディベートを楽しむ方法があるとするならば、得意技を突き詰めて考えることです。

たとえば、2種類のケースを出すオルタナティブジャスティフィケーション*とか、びっくりAFF(Affirmative:肯定)と言われたサプライジングケースとか。「あいつら何考えてんだよ。全然わかんないよ」と言われるのが楽しかった。最終的には得意技を持っているチームが勝ちます。あと、得意技があると負けても「仕方がないよね。俺たちこだわったんだもんね」と納得できる(笑)

*Alternative-justification Case(選択的論題正当化ケース):肯定側が、論題の要求に見合ったひとつだけのケースではなく、複数の異なったケースを同時に提示する戦略。参考:『英語ディベート 理論と実践」(著:松本茂、鈴木健、青沼智)P.135

「開発途上国に援助すべきである」という論題のときに、当時のソ連を開発途上国と定義して、「ココム(COCOM:対共産圏輸出統制委員会)を廃止することによって、ソ連の古いコンピューターでコントロールされる核ミサイル暴発を防ぐべきだ」というケースを出しました。弱いのはやはりトピカリティなんですよね。「ソ連はどう考えても発展途上国じゃない」という反論に対して、「国民1人当たりのGNPはアルジェリアと一緒なので、ソ連は途上国である」といった再反論をたくさん用意したんです。でも、ジャッジに「やはりソ連は途上国ではないよ」と言われて負けるときもありました。そういうときに「否定側は何も反論していないじゃないですか」と言っても、ジャッジからは「どう考えても途上国ではない」と言われてしまう……。

田村:当時の常識では、ソ連といえばアメリカと対立するような超大国だったから、あまりにも世間の常識に反していましたよね。

森川:それで負けたとしても、「ジャッジが理解できないだけだから仕方がない」と納得できるわけです。

―― 最後に、ディベートを学ぼうと思う人たちへのメッセージをお願いします。

森川:ふたつ名が付くくらい、個性的なディベートやって欲しいなあ。「早稲田の赤い彗星」とかね。


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