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『ディベート道場 ― 思考と対話の稽古』特別対談⑤「ロジックと戦略を創造する」北野宏明さん(ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長、システムバイオロジー研究機構会長、内閣府新AI戦略検討会議座長)

北野宏明 プロフィール
国際基督教大学(ICU) 教養学部理学科物理学専攻卒業後、NEC(日本電気)に入社、ソフトウエア生産技術研究所勤務。1988年より米カーネギー・メロン大学客員研究員。1991年京都大学博士号(工学)取得。1993年にソニーコンピュータサイエンス研究所に入社。現在は同代表取締役社長・所長、ソニー執行役員コーポレート・エグゼクティブ、システムバイオロジー研究機構会長、沖縄科学技術大学院大学教授、国際人工知能学会(IJCAI)元会長(2009-2011)、世界経済フォーラム(World Economic Forum)人工知能・ロボット委員会メンバー。2018年内閣府イノベーション政策強化推進のための有識者会議「AI戦略」構成員、2019年人工知能研究開発ネットワーク会長、2021年米国人工知能学会(AAAI)フェロー、内閣府新AI戦略検討会議座長就任。


北野宏明

田村:北野さんがディベートを始められたのはいつ頃ですか。

北野:実際に始めたのはICUに入ってからですが、その前からディベート自体は知っていて興味あったんですよ。高校のときに比較文化などにも興味を持っていたので。その文脈の中でディベートを知っていたんだけれど、実際に始めたのはICUのEFS(English Forensics Society)に入ってからです。その年にジュニア大会に出て3位になりました。
1年目のときは先輩がいたんですが、終わったらみんな辞めてしまった。ディベートが嫌で辞めたわけではなく、通訳の仕事が忙しくてディベートする時間がないということで。そこでICUのディベートの部長は、2年目から突然僕がやることになりました。
そしてNAFAやJDA*をつくっていくということもやりました。あのときは面白かったですね。今がつまらないというわけではないけれど、あのときはいろいろなエピソードがたくさんあって、日本のディベートコミュニティーが面白かった時代ですね。

*日本ディベート協会 (JDA-Japan Debate Association):日本におけるディベート活動の普及・促進を目的とした団体。http://japan-debate-association.org/

―― 当時はどのように取り組んでいたんですか。

北野:ディベートはものすごいボリュームでいろいろなことを短期間に調べるじゃないですか。政策を立てるという目標で、物事を調べていくんですね。その分野の専門家にはなれないにしても、かなりのことがわかります。何となくの勉強ではなく、仮説を導き出して、それを実証できるのかどうかを見る。これを半年間や1年間という非常に短期間で調べるから、だいたい1期で本を200冊くらい読みます。そのときにある本や論文など、そのトピックに関連するものにはほぼ目を通すことになります。ディベートはそういったトレーニングがすごいんです。

田村:網羅しますね。

北野:それは今もけっこう覚えているよね。僕が1年目のときにやったのは、確か原発廃止の論題でした。ラスムッセンレポート*から何から全部読んだんです。だから、福島の原発事故のときに報道されていることは全部わかりました。NHKの報道の間違いにも気づきましたよ。NHKが事故当初の報道で福島第一原子力発電所の炉の形を間違えていたので、おかしいなと思っていたら、案の定修正されました。

*アメリカの物理学者、ノーマン・C・ラスムッセン(Norman Carl Rasmussen)が書いた原子力発電所における事故研究報告書「原子力安全性研究・Reactor Safety Study」(1975年)。

田村:31年前、大学1年生のときにやったディベートの知識が今も!

北野:パッと思い出したので、覚えているものだなと思いましたね。「一次冷却水喪失(Loss Of Coolong Agent=LOCA)」や「コア・メルトダウン」といったことを思い出して、現実に起きて大変なことになったと。だいたいディベートでやったことはほとんど現実化してますね。

田村:本当にそうですね。

北野:ただ、ディベートはかなりエクストリームな状況を仮定して議論するから、必ずしもそれが全部起きるわけではない。「もし起きたらどうなるか」というシミュレーションです。

田村:「もし起きたら」という意味では、ディベートのうえでは戦争を何回も起こしていますね。もう毎回のように。

北野:毎回のように起こしているね(笑) まだ起きてないニュークリアエクスチェンジ(Nuclear exchange:核攻撃)は本当に怖いと思うけれど、メルトダウンは起きちゃったからね。

あとは土地問題とか、いろいろやりました。毎年政策問題が変わるから、かなり広い知識を網羅しましたね。

―― 北野さんのディベートのモチベーションは何だったんでしょうか。

北野:ディベートはやはり競技だから、勝ちたいというのはもちろんあったと思います。勝たなくていいやと思ったら、全然ディベートできないですから。あとは、ディベート自体が面白かったですよね。エビデンスを集めてケースをつくって、それを検証したりロジックをつくっていくこと自体が、すごく面白かった。

だから学生時代は、実験して、レポート書いて、アサイメントをやって、それ以外は図書館にこもって、ひたすらキャレルに本を持ち込んで延々とリサーチしていましたよ。

―― ディベートのどこに惹かれましたか。

北野:やっぱりロジックとストラテジーですね。エビデンスがないとロジックを組めないじゃないですか。思いつきでやると言いたい放題になるので、あまり面白くないと思うんですよ。エビデンスがないとロジックがつくれないから、苦労しながらしっかりしたエビデンスを見つけて、ロジックを組み上げていくところが面白いですね。

もうひとつは、ロジックを組むときに「なるほど! そうきたか」みたいなやつ。いわゆるビックリケースやオフザウォールケース(off the wall case:型破りなケース)と言われるケースをつくるのが面白い。「よく考えるとそうだよね。あれは潰せない」というケースをつくって、それが強いものになったときにはすごく面白いですよね。いつもできることではないですが。あとは、試合の中での駆け引きと戦略。この3つかな。

たとえば、当時やった衛星のケースは面白かった。ランドサットと通信衛星を打ち上げて発展途上国に全部解放するというケースをやったんですよ。僕が3年生の秋に優勝したときのケースですね。
これは以前に、ノースウェスタン大学がNDTのファイナルで通信衛星打ち上げのケースで出したんです。だから、ある意味パクリなんですが、そのままは使わなかった。ノースウエスタンのケースは、通信衛星だけで、途上国の出来事が歪められて報道されているということがメインでした。われわれのケースは、むしろランドサットをメインにして、農業のような自国の資源状況に関する情報などは途上国よりも大資本が握っていて、途上国の農民が安く買いたたかれているという議論をメインにしたものです。そういうエビデンスが山のようにあった。だから、途上国が日本のランドサットと通信衛星を使えるようにして(自国の)作付状況などがわかるようになれば、大資本に買いたたかれることがなくなるとか、途上国が放送局をつくるためのインフラを提供することで、途上国の現実を知らせることができる国際通信社を設立できるとか、そういったケースができました。これは強かったですね。

このケースは、そのようなことが重要だと書いてるユネスコの本が実際にあり、それがICUの図書館にあったんですよ。それを見つけて、そのロジックをかなり拡張したかたちでつくりました。特に、通信衛星のほうは『Many Voices One World』(MacBridge, S. et al., Many Voices One World – Report by the International Commission for the Study of Communication Problems, UNESCO, 1980.))というユネスコの報告書が秀逸でした。他の大学の図書館にはなかったらしく、誰も見つけられなかったみたいですね。

田村:たまたまICUにあったんですか?

北野:たまたまあった。ICUにはユネスコや国連関係の本や報告書が大量にあったんですよ。衛星のケースは出し続けても、ほとんど潰されなかったですね。僕はいつも否定側のときが強くてほぼ負けないんです。肯定側のときは準備されちゃうから潰されることがあるんだけど、このシーズンは負けませんでしたね。

田村:北野さんが否定側のときに強かった理由は何ですか。

北野:すぐケースの穴が見えちゃうから。それを潰すのはそんなに難しくない。

田村:北野さんが最初に言ったように、ディベートは政策をつくるということでリサーチしたり、分析したりするというのが特徴ですよね。

北野:特徴ですね。それがないとただ本を読んでるだけになってしまうから、頭の中に入らないんじゃないかな。ディベートにはそれなりのものをまとめなくてはいけないという目的があり、ただ本を何となく読むということはない。いろいろ考えてロジックをつくりながら読むから、理解度は深くなりますよね。

田村:今の仕事やビジネスにディベートをどのように活かしていますか。

北野:研究にしてもビジネスにしても同じですよね。何となくやるということはありませんから。やはり仮説を立てて「こうしたらいいんじゃないかな」と考えてやりますからね。それも、思いつきじゃ駄目ですから、結局やってることは同じですよ。仕事だと試合があるわけではないから、それは全然違うんだけど、ロジックをつくっていくことなんかは同じじゃないですか。エビデンスに関しては、ディベートの試合みたいに、人の言っていることを持ってくるのではなくて、実際の仕事で自分がいろいろやったことを使ったりします。そういうところは違うと思います。

ディベートの場合は、口で言って議論して勝った負けたで終わり。ですが、現実の世界ではそれを自分で実際にやらなければいけないから、もっとシリアスですよね。ジャッジを納得させればいいのではなく、結果を出さなければならないわけです。そのケースで勝てるかどうかではなく、そのケースが本当にいいのかどうか、ということになりますので、そこの判断基準が全然違います。

田村:最近はどんな仕事をしているのですか。

北野:最近は生命科学とAI(人工知能)です。その関係でいろいろな研究やビジネスをしています。けっこう競争的な領域ですから、相当戦略的に考えないといけません。「何となくやりましょう」じゃ全然駄目で、かなりいろいろなことを考えないといけないと思います。

田村:競争的な領域というのはどんな?

北野:たとえば、AIだったらGoogleやFacebook、Amazon、世界中が散々やっているじゃないですか。

田村:世界中の第一線の人たちがやっていますね。

北野:だから、彼らが何を考えてるのかということを、さまざまな視点で考えなければいけません。非常に競争的な世界です。

ディベートは政策プランをやるかどうかが第一で、それに対してインパクトがどうあるかということですが、現実の世界では「これを進めてうまくいったら、次はこれを進める」「うまくいかなかったら、次はこれを進めなくてはいけない」と、そのブランチやタイムラインも「すぐやる」「半年後にやる」「1年後にやる」「5年後にはこうなる」「10年後にはこうなる」と、ずっと考えなくてはなりません。だから、ディベートのケースに比べると考えるレイヤーがものすごく複雑になりますよね。

田村:常にマルチのケースがある、と。

北野:そう。現実の世界だと「うまくいかない」ことがたくさんあって、どんどん変えていく必要がある。うまくいかなかった場合、どうするかを全部考えていかなければいけないですからね。不確定性がすごく多いんです。ディベートは、国の政策が中心なので公開されているデータがかなり使えます。だけど、たとえばビジネスの場合だと、競合他社の情報なんてそんなに明確に入ってきません。また、相手もやることがどんどん変わるから、すごく不確定な中で考えなければいけないですよね。場合分けというか、前提が違った場合にどう変えるかということを考えてやらないといけない。

また、こちらのアクションに対して相手側も応答しますから、ダイナミックに変わるんです。ディベートでは基本的にそれはないわけですよ。status quo(S.Q.:現状)に対してエビデンス取り、ファーストアクションをすべきかどうかだけを議論するのがディベートですから。でも、実際にはずっといろいろなアクションをして、世の中がそれに対してどう反応するかまで考えないといけません。ですから、そこはずいぶんと複雑です。

田村:複雑性や不確定性はそこまで違う。けれども基本は同じですか。

北野:最初のミニマムのサイクルは基本的に同じだと思います。

田村:ひたすら考え続ける、結果を出していく、現実の変化についていくところが違うところなんですね。そういった競合的で不確定性のなかで戦略的に考えるというのは、たとえばどのようなことですか?

北野:たとえば、国際標準をつくってそこから利益を得るというのは、戦略的にしないとできないわけです。何となく「これだ!」と言っても、誰も寄って来ない。自分のカードに何があって、相手にどんなカードがあるか。カードがない場合はその部分をどう埋めるか。そういったことを考えないといけないから、考えることはたくさんありますよね。
基本的なディベートスキルでは、特にリサーチの部分が役に立っていますね。あとは、自分がつくったケースに対して否定側がどう言ってくるか。それに対する反論はどうするか。これらをずっと考えるというところが、大変役に立ちます。分析でも、エビデンスのクリティカルリーディングもよくやるでしょう。「こう言ってるけれど、本当はどうなんだろう?」とかね。そういった情報評価の部分は、ディベートでかなり鍛えられます。

田村:ちょっと話は戻りますが、今のICUはパーラメンタリーディベートしかないみたいですよね。

北野:そうなんだよね。パーラメンタリーではICUは圧倒的に強いらしい。パーラメンタリーディベートチームとアカデミックディベートチームをつくり、両方やればいいけどね。

田村:両方あるといいですよね。

北野:パーラメンタリーの良さはあると思う。でも、あれは基本的にエビデンスがないからね。パーラメンタリーはいらないというわけではありません。やはりパブリックスピーチの技術がない人は多いですから、それもあっていいと思うんですけど、それだけだと正直言って口だけになっちゃうんですよ。

田村:パーラメンタリーは、レトリックやスピーチコミュニケーションという領域のものなんでしょうか。そうすると同じディベートでもけっこう違う。

北野:かなり違うと思う。日本に根付くべきは、やはり政策ディベートだと思いますね。

田村:それはどうしてですか?

北野:エビデンスベースでちゃんと考えることが重要ですし、ロジックでギチギチに考えるということが重要。ロジックでギチギチに考えるというのは日本に限らないと思うけれど、そのトレーニングが基本的に重要です。話し方はパーラメンタリーをしてもいいし、違うやり方でもできるんじゃないでしょうか。パーラメンタリーの代替になるものは、ディベートでなくても他にあり得ると思うんですよ。

田村:なるほど。

北野:だけど、政策ディベートの徹底的なリサーチやロジックを組み上げるトレーニングは、ユニークな部分ですよね。しかも、いろいろなトピックを何年もやるので、かなりのトレーニングになります。それと、トレーニングのボリュームが違いますよね。パーラメンタリーはどれくらいするのかわからないけれど、ディベートのリサーチは真面目にやるとかなりのボリュームがありますから。

ディベートの試合で得られるものもありますが、僕はやはり準備段階で得られるものが90%のような気がします。ディベートの試合のような議論のやりとりは、実際の現実では(あまり)ありませんから。ディベートができるスキルは必要だけど、そのまま試合のような状況になることは、現実の世界ではそうそう起きない。特に日本で仕事しているなら、ほぼないですよね。
海外だと、正直言ってディベートの試合に近いようなことは起きます。もちろん、そのままのスタイルにはならないけれど、ネゴシエーションや、そういうやりとりでロジックをフル動員しないと交渉が進まないという話はざらにあります。頭の中ではそういうふうにしないと話にならない状況は起こり得ます。日本だと、そういった機会は非常に少ないです。だから、準備段階が一番重要になりますね。

―― 準備のコツみたいなものはありますか?

北野:ない(笑) 少なくとも楽にうまくやる方法はないし、そういう意味でのコツはないと思います。本を200冊なら200冊読み込まないと無理です。それを20冊で済ます方法はないと思います。200冊読んだ人と20冊しか読んでいない人の知識の量は全く違うので、太刀打ちできない。

田村:私は大学3年生のときに、プロポ(proposition)委員会といって論題をつくるためのリサーチをしたことがあります。それをやったら論題がどのような構造になっているかということが、すごくよくわかりました。そうすると、どのような議論が論題に迫るのかということがわかったんです。

北野:論題をつくる側に回るとよくわかるよね。

田村:土地勘みたいなものができるんですよ。

北野:それはありますね。だからもちろん、全部フラットにリサーチする必要はないと思いますね。

田村:当時だと図書館に行って、「とりあえずこれについては調べる」というのがあったんですが、今だとネットでゴミのような情報も含めて、無限と思えるような膨大な量の情報が出てきてしまうじゃないですか。ですから、ある段階で「これくらい調べたら絞っていこう」とフォーカスするという方向もありますね。

北野:フォーカスはしますよね。そのエリアを全部は調べない。フォーカスすると、今度はフォーカスしたところでどれだけ深くやるかという競争になってくる部分があるんだよね。そこでは、情報の評価という部分が決定的に重要になる。どの情報が正しく、どれが怪しいかを見抜く力ですよね。あと、論題にもよりますよね。論題がすでにフォーカスされていて、わりと論点が整理されていれば、それほど驚きの新しい論点は出ない。リサーチ的にはあまり面白くないけどね。

田村:昔はすごく範囲の広い論題でしたよね。

北野:僕らのときは、ブロードプロポ(「広い」論題)のときだから大変だったんですよ。今はフォーカスされているから、そこまで調べないんだろうね。

田村:そこはちょっと違いますね。

北野:だから、今はプランがほぼ2、3種類ぐらいなんだね。昔はプランが何十種類も出たから、どんなプランが出てくるかわからない。だからものすごく調べた。それが知識として頭に入るんですよね。だって、土地利用の論題*で古墳とかが出てくるんだから。ふつうは建坪率規制や農地法といったものがメインテーマになるのに……。

*83年「日本政府は、その土地利用政策を大幅に変更すべきである」

田村:古墳が出てくる(笑)

北野:「どこかで古墳が出てきたらしいよ」「何?古墳?」と、チームみんなパニックになるわけ。変な虚偽情報も飛び交って、実際聞いてみると全然違う話だったとか。そういう世界だった。

田村:北野さんは「古墳を暴いたら祟りが起きる」と議論していましたね。

北野:やったね。古墳周辺で気分が悪くなったとか、エビデンスがあるわけですよ(笑)

田村:その試合のテープ、何回も聞きましたよ。

北野:「Disadvantage 1 Tatari」と言い始めると、みんな一瞬シーンとなってからザワザワとね。みんな笑った後、「さあ、どうするつもりだ」みたいな感じになって、集中力が増してくるわけですよ。「どんなエビデンス出てくるんだよ」みたいな。

田村:アメリカのディベーターたちは反論していましたね。

北野:ええ。あれは祟りということで否定側の深刻性にしたんだけど、後で不動産会社に勤めていたディベーターから、「あれは深刻性じゃなくて解決性のほうが良かった」と言われたんです。なぜかというと、祟りで気分悪くなるというのはインパクトが小さい。だけど、祟りが出るとその土地の価格が下がり、風説の流布になるから反対運動が起きて商業利用できなくなる。そうすると、その周辺の商業利用も難しくなるから、祟り自体のインパクトではなく、祟りがあることによって土地の探索ができなくなるという、解決性への反論にすればブロックできたよねと。

田村:あるいは両建てのインパクトですね。

北野:そう、両建てでインパクトにするとかね。なるほどなと思いました。そうなったときは、やはり中身のロジックがバリバリにすごくないとね。祟りと言っておいて、中身がペラペラな話ではどうにもならない。「何だよこれ」って、みんなガッカリするよね。「どう返すんだろう」と思わせるようなすごいロジックが出せると、みんな「おおー!」と盛り上がる。見たことがない展開になるから。

田村:そうなんですよね。面白いネタというだけじゃなくて、中身がスカスカだとそれで終わっちゃう。

北野:ディベートは、やはり「こうだろうな」という思いつきだけでなく、エビデンスがないといけない。そのときにそういう論説のないものは、たとえ本当にそうだろうと思えてもできない。すごくオリジナルで「なるほど、これだ!」と思える論点でも、エビデンスがない空間というのはなかなか議論しにくいんですよ。それがディベートの限界ですね。ロジックを組み上げてつなげられればいいのだけれど、エキスパートオピニオンがないとエビデンスとして取ってもらえないということがありますね。

田村:お話を聞いていて当時を思い出したんですが、「どこにエビデンスを見つけるか」という点がけっこう勝負だったところがあっても、学会の主流派の人たちはわりと穏当なことしか言ってなくて……。

北野:だからエクストリーミスト(extremist:極端論者)のところに行くわけ。

田村:そうですね。端っこの過激なことを言うギリギリのところをよく探しましたね。あまり端っこに行き過ぎると、トンデモ学者ということでオーソリティーがないと言われてしまいますからね。

北野:結局、そういう極端なことを言っている人の議論は、ヒントにするにしても、裏を取り直して、信頼性のあるデータに基づいて、再構築しないとディベートで使えるようにならないからね。

田村:今後、日本におけるディベート教育やディベート学習のインパクトについて想像を広げたいと思っていますが(そこの部分はどうですか)。

北野:どうなんだろう。ディベートはあまり普及してないのかな。ディベートという言葉は前よりは定着してきている気はするけどね。アメリカだって、みんながやってるわけではない。授業やディベートだけではなく、いろいろなところでロジカルに考える教育をするから、そういう意味では自然に身についている部分はもちろんあると思いますけど、アメリカもヨーロッパも、みんながディベーターのようにロジカルに話せるわけではありません。何を言っているのか全然わからない人はいくらでもいますよ。授業でディベートすれば広がるんだろうけど、現実問題として、それができる先生はあまりいないだろうね。政策ディベートや価値ディベートは特に難しいだろうし。

田村:教育側の問題ですね。

北野:ディベートをちゃんと教えられる人がいるかな。そこはやはり草の根的にやるしかないかね。わかっている人がちゃんとできればいいんじゃないかなという気もします。無理に普及してもね。

田村:そうですね。普及しよう、布教しようとか、何か運動を起こそうということにはそれほど興味はなくて、ディベートだからこそ学べるというチャンスは、もっとオープンになったほうがいい。ディベートで思考訓練を受けた人が社会でそれを実践しているのは、一部の人間だけの話なのではなく、学ぼうと思ったら学生でも社会人でも学べる機会を提供するほうが、普及すること自体よりも大切なのではないかと思います。

―― 最後に、ディベートに興味ある人へのメッセージをお願いします。

北野:面白いよー!! 今でもやりたいんですけどね。でも、ハマる人とハマらない人がいるんだろうね。どのレベルでディベートをやるかだと思いますが、NDTなどのトーナメントディベートで上位に行くのは、やはりF1ドライバーみたいなものですよ。たとえば、デリバリーでも話すスピードが全く違うし、“ふつう”の世の中では、このスキルは使えないじゃないですか。

田村:特殊過ぎますからね。

北野:F1ドライバーがあのまま公道を走れないのと同じで、ディベートで試合するスキルはそこでしか使えないですよね。だけど、ドライビングスキル自体は一般車の運転でも使えるように、ディベートのリサーチスキルも仕事などに使える。ディベートにもいろいろなレベルがありますから。

田村:私自身の体験として、表面的なレベルで言うと、ディベート現役を終えた後に同時通訳の勉強をしたとき、すごく楽でした。非常にゆっくり聞こえるので。

北野:ディベートは人が話せる限界に近いスピードで話しますよね。F1でいえば時速300kmで走るときの動体視力を鍛えてるようなものです。それから、自然にスピードリーディングできるようになります。ディベートをするとすごいボリュームの資料を読む必要が出てきますからから、一字一句読んではいられない。もちろん、大事なところはちゃんと読むけれど、ふつうに全部読んでいたら読み切れません。それほど中身を落とさずに、内容が頭に入るスピードで。1冊10分程度で読んでいきますから。そういう能力は自然と身につきますね。


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